31話 友達感覚3
「――ひぃやぁーーーっ!!」
デュヴェルコードたちが医療エリアから駆け出した途端、透かさずブリアーヌの悲鳴が響いてきた。
「今度は何だ、どうしたお前たち!」
「――た、助けてぇーー!」
俺が外のふたりに呼び掛けるなり、再びブリアーヌの叫声が響いてくる。
魔王城内で危険が及ぶとは考え難いが、俺は事実確認をするため、医療エリアの出入り口へと駆け出した。
すると通路のど真ん中で、ブリアーヌが床に尻餅を着いて震えていた。
「落ち着いてください、ブリ。突然どうしたのですか」
「だって、だって、あれっ……!」
デュヴェルコードに背中を摩られながら、ブリアーヌは何かに怯えた様子で、片腕の羽根を前方へと翳した。
その先に居たのは……。
「あれ、あれっ……恐ろしい、魔獣……!」
「魔獣って、ゴブリンじゃないか」
通路の前方に居たのは、呑気な顔でのんびりと歩いている、1匹のゴブリンだった。
「助けてロース様、デュヴェルコードちゃん! 魔獣が、恐ろしい魔獣がこっちに向かって来るよぉ!」
そう言えば、ブリアーヌは野生のゴブリンに追い回されて、この魔王城へ逃げて来たんだったな……。
「――あれ、ロース様たち。何だか皆んなオイラを見てますが、どうかしたスか?」
俺たちの視線が集まっている事に気が付いたゴブリンが、首を傾げながらこちらに近づいて来た。
「か、語り掛けてきた……! あの悍ましい姿だけでも恐ろしいのに、更に言葉でも責めてきた……!」
顔から血の気が引き、慄然とした様子のブリアーヌ。
「あれあれ? その子なんスか、新参者? オイラの後輩になる的な子スか?」
自分の置かれた立場など知らない様子で、ゴブリンは呑気に問い掛けてくる。
そんなゴブリンを前に、デュヴェルコードがスッと立ち上がり。
「あなた、ブリを怖がらせましたね……!」
あろう事か、突然ゴブリンに敵意を向け始めた。
「え? オイラ? 怖がらせた?」
「惚けた顔して、白を切るのはやめなさい。あなた、態々ブリを怖がらせに来たのですか? しかも、一度ならず二度までも」
行き場のない怒りでも湧いたのか、デュヴェルコードは何も知らないゴブリンに、濡れ衣を着せ始めた。
「えーっと……何がどうなって……。オイラはただの、通りすがりのゴブリンっスけど。しかも二度もって?」
通りすがりのゴブリンって、まるでマイペースなヒーローみたいな自己紹介だな……!
「ブリ、一応確認を取っておきます。あなたを恐怖のどん底に陥れたのは、あの雑魚ですね」
「う、うん……! 森でも散々追い回されたの。恐怖そのもの、板についた恐ろしさだよ」
ブリアーヌが怯えながら説明するなり、デュヴェルコードは紫色のオッドアイを光らせ、納得したようにコクリとひとつ頷いた。
「分かりました。あなたに代わって、わたくしがあのゴブリンに引導を渡しましょう。ブリの恐怖を、この世から排除致します」
「ちょちょちょ、えっ! オイラがいったい何をしたのですか!」
身に覚えのない事実を突きつけられ、アワアワと慌てだしたゴブリン。
「デュヴェルコードよ、逆恨みもいいとこだぞ。種族が一致しているだけで、ブリアーヌを追い回したのは絶対に別のゴブリンだろ」
「………………そこの間抜けそうなゴブリン。あなたには何の心当たりもないかも知れません。しかし身に覚えのない現実でも、あなたがこの子を脅かしている事実に、変わりはありません。報いを、受けなさい!」
ダメだ、このロリエルフ。俺の言葉に耳を傾けようとしない……!
さすがにこの理不尽さを放置できなくなった俺は、ゴブリンに背を向けながらデュヴェルコードの前に移動した。
そして進撃を始めようとするデュヴェルコードの肩を掴み、背後にいるゴブリンに顔だけを振り向かせる。
「おい、そこのゴブリン!」
「は、はいっロース様!」
「勝手に濡れ衣を着せられて、意味が分からないだろうが、今は逃げろ! 私もこの側近の行動は意味分からんが、一応止めておく、ここから速やかに立ち去れ!」
「は、はいぃ! 何だかロース様に、意味も分からず命を救われた気分ですぅ! 見逃してくれて、ありがとうございます! 冤罪ですが!」
ゴブリンは途端に回れ右をし、一目散にその場から逃げ出した。
「あっ、こら雑魚! 勝手に逃げるな! ロース様、なぜ止めるのです! あんな極悪党を野放しにしては……」
「どこが極悪党だ、ただの城で平凡に生きているゴブリンだろ! そう簡単にホイホイと葬ろうとするな!」
「んんんっ……分かりました! しかし今度ブリの前に姿を現すような事があれば、容赦はしませんからね!」
怒りに満ち溢れていたデュヴェルコードだったが、何とか俺の説得に応じてくれた。
「無実の罪とは言え、呑気に散歩していただけで、あれだけ怖い目に遭ったのだ。あのゴブリンも、当分はお前の前に姿を現す気にもならないだろう」
ゴブリンの姿も完全に見えなくなり、何とか無駄な騒ぎの収拾がつきかけた。
そんな時。
「――ペナルティ……! 許さぬぞ、貴様ら。我の報復を、その身に受けてもらう!」
通路の先から、今度はコジルドの怒声が聞こえてきた……。




