30話 救援訪問7
「歓迎しますよブリ、ようこそ魔王城へ!」
ブリアーヌを保護する事になった俺たちは、デュヴェルコードの『テレポート』で医療エリアへと戻ってきた。
「ここが、魔王城……何だか薄気味悪い所だね……」
「安心してブリ、薄気味悪いのはこの医療エリアだけだから。ここのエリアボスがですね、少々曰く付きと言いますか、頭おかしいだけなので」
「そ、そうなんだ……」
辺りをキョロキョロと見回しながら、不安げな表情を浮かべるブリアーヌ。
今更ながら、魔王城に足を踏み入れるべきではなかったと、後悔しているのだろうか……?
「ここに、デュヴェルコードちゃんのお姉ちゃんがいるの?」
「ええ。先ほどまでいたのですが……。レア姉ぇ! ロース様と共に戻りましたぁー!」
デュヴェルコードは薄暗い奥に向け、声を張り上げる。
――コッ、コッ、コッ……!
すると奥の方から、お馴染みの足音を立てながらレアコードが姿を現した。
その隣には、マッドドクトールやキヨラカの姿も。
「おかえりなさいデュヴェル。ついでにロース様も。それより……何かしら、この臭い。異臭が漂ってくるわね」
俺たちの前まで歩み寄るなり、鼻を手で覆い隠したレアコード。
それよりは俺の台詞なんだが。『ついでにロース様』って何だよ……!
「ウヒッ、ヒヒヒ。確かに臭うー」
「これはこれは、魔族とは異なる臭いがしますね」
レアコードに続き、マッドドクトールやキヨラカも嫌悪を露わにする。
「それはですね、この子の臭いだと思いますよ、レア姉」
「なに、その子」
「異臭の根源である、ブリです」
まるで悪臭を撒き散らす生ゴミでも紹介するように、デュヴェルコードは無造作にブリアーヌを指差す。
とても苦悩を分かち合った関係とは思えない程、雑な紹介の仕方だな……!
「デュヴェルコードよ、そんな適当な紹介はよせ。そんな芥のような扱いでは、先ほどの感動的な友情の芽生えが台無しだぞ。あと、お前まで臭いと思っていたのか?」
俺はブリアーヌの背後に移動し、後ろから両肩にポンッと手を添える。
「私が説明しよう。この子はハーフハーピィのブリアーヌだ。弱っていたところを、私たちが助けたのだ」
俺はレアコードを真っ直ぐ見つめ、誤解が生まれないよう慎重に経緯を説明した。
「ハーフ、ハーピィ……。通りで、人族臭いと思いましたわ。しかし、何を考えているのかしら、ロース様。ハーフとは言え、人族の血を持ったこんな小者を、易々と城に入れるなんて」
レアコードは俺を叱っているつもりなのか、目を細め下目遣いで視線を向けてくる。
「レア姉、待ってください! わたくしが悪いのです!」
「デュヴェルはいいの、黙ってなさい。どうせまた、デュヴェルの制止も聞かず、ロース様の身勝手な判断と気まぐれの慈悲で、こんな由々しき事態に至ったのでしょ? 勝手を止められなかったのは、デュヴェルのせいではない。勝手したロース様が悪いのよ」
「ですから違うのです、わたくしが悪いのです! わたくしがロース様に頼み込み、疲労困憊のブリを城内に引き入れたのです!」
デュヴェルコードが懇願した事実を明かすなり、レアコードは顔を引き攣らせ、そっぽを向いた。
「………………デュヴェルは悪くないわ、止めなかったロース様が悪いかしら」
「おいっ、妹を甘やかすなよ……!」
「ハ、ハーフハーピィという事は、考え方によってはハーフ人間とも捉えられますわね。そうなれば、もはや人族ですわ」
珍しく当てが外れて動揺したのか、レアコードは言葉を詰まらせながら、片足で貧乏ゆすりを始める。
しかし暫く放置していると、レアコードは自らこちらに向き直ってきた。
「ロース様、デュヴェル、本気なの? 行き過ぎた慈悲は、時に己を蝕みますわよ。利点もないのに、そんな人族臭い小者を助ける意味があるのかしら」
「レア姉、お言葉を返すようですが、利点も意味も関係ありません。ブリは他と違う特殊を持って生まれたせいで、周りから煙たがられていたそうです。
昔のわたくしと同じ苦渋を味わったニオイが、この子からしました。嫌な思いを沢山してきた、そんな瞳をしていました。レア姉なら、わたくしの気持ちを理解してくれるはずです」
「デュヴェル、でもねぇ……」
「わたくしと同じように苦しんできたこの子を、放ってはおけません。せめて心と体が平常レベルに癒えるまで、魔王城に留めさせたいのです。他の者に迷惑は掛けません」
姉を説得するように、デュヴェルコードは真剣な眼差しでレアコードを見つめる。
「だけどね、100パーセント信用はできないわ。それは忌まわしき人族の血も引いた半獣。可愛らしい姿をしていても、何か企んでいる可能性もあるわよ」
レアコードは否定的な言葉を並べながら、ブリアーヌにゆっくりと歩み寄り……。
「答えなさい、ブリっ子。あんた、片羽根でも飛べるの?」
意図は不明だが、何やら突拍子もない質問を投げ掛けた。
名前から着想を得た呼び名だろうが、ブリっ子って。少なくとも可愛こぶってはないと思うぞ……!
「と、飛べません。そもそも両腕の羽根を使っても、私は飛べません」
レアコードに怯えているのか、軽く俯きながら首を横に振ったブリアーヌ。
飛べないハーピィって、まさかペンギンがベースのハーピィじゃないよな……!
「宜しい……。ロース様、提案がありますわ」
ブリアーヌの返答を聞くなり、レアコードは両腕を胸の前で組みながら、俺に顔だけを向けてきた。
「な、何だ。前向きな案の予感がしないんだが」
「このブリっ子が、敵の回し者とも限りません。念のためです、この子の片羽根を引き千切っておきましょう。
そうすれば、否が応でも飛んで逃げられませんわ。城内の情報が奪取される心配もないかしら」
「………………却下だ、物騒な提案をするな。しかも両羽根を使っても飛べないって、答えたばかりだろ。何で更に飛べなくしようとしてんだ」
「そうですよレア姉。羽根を引き千切るのは、少し可哀想です」
俺の後に続き、レアコードに軽い口調で反論したデュヴェルコード。
これが少し可哀想のレベルか? 少しどころか、残酷でしかないわ……!
「レア姉、冷静に考えてみてください。こんなか弱いハーフハーピィひとり居たところで、魔王城に悪なんて栄えませんよ。ゴブリンの事を、恐ろしい魔獣なんて言っちゃう子ですもの」
「ゴブッ……そうなの?」
レアコードは少し戸惑いを見せた後、ブリアーヌをジッと見つめる。
「はい、それは恐ろしい魔獣でした。あと、デュヴェルコードちゃんのお姉ちゃんは、更に怖いです。今まで見た事もないくらいの美人さんなのに……」
「そうでしょうね、知っているわよ」
レアコードは自画自賛しながらも呆れた様子で、更にブリアーヌへと接近し、人差し指をブリアーヌの額に押し当てた。
そして。
「ねぇブリっ子。この城に居たければ、あたくしからひとつ条件を出すわ……」
グリグリと指を押し当てながら、レアコードは意味深な様子でブリアーヌを見下ろした。




