29話 勇者信書7
「ウヒッ、ヒヒヒ。ロース様、両腕のお加減はどうですかー?」
ンーディオからの手紙を読み終わった後、俺は医療エリアでマッドドクトールの治療を受けていた。
「いい感じだ。相変わらず、目覚ましい治療の腕だな」
俺は治りたての両腕を交互に回し、感触を確かめる。
「なら良かった良かったです。ところで、頭も大丈夫ですかー?」
不気味な笑みを浮かべながら、体を左右に揺らし質問してくるマッドドクトール。
「聞き方が悪いぞ、頭おかしいみたく言うな。頭の怪我も大丈夫か、だろ」
「あ、そっちでしたか。頭の怪我も大丈夫ですか?」
マッドドクトールはきょとんと拍子抜けした様子で、ゆっくりと首を傾げる。
「………………だ、大丈夫だ」
静まり返った医療エリアに、気まずい雰囲気が漂う。
どうやら、端から頭の中身を心配されていたようだ……!
医療エリアが静寂に包まれる中、俺は重苦しい雰囲気を打破するように、ひとつ咳払いをした。
「ゴホンッ……! エリアボスたちよ、皆に告げる。私の話を聞け」
話を切り出した途端、周りに控えるエリアボスたちの視線が、一斉に俺へと集まる。
「いいか、エリアボスたち。まずは先のドンワコードとの戦い、ご苦労であった。各々の目的はどうあれ、現場へと迅速に駆けつけ、無茶な指示にも従ってくれたお前たちのお陰で、ヤツに勝つ事ができた。お前たちに、労いを言いたい」
「何をおっしゃいますか、ロース様! 魔王城の危機に駆けつけるのは、わたくしたち配下にとって当然の義務。当たり前の事をしたまでです!」
デュヴェルコードは両目をキラキラと輝かせ、真っ直ぐに俺を見つめてきた。
確かこの子、コジルドに嫌々連れて来られてなかったか……?
「この小娘の申す事も、尤もである。だがしかし! 今はそのもったいなき労い、素直に頂戴致しますぞ、ロース様!
フハハッ! 我もこの上なく尽力しましたからな!」
デュヴェルコードに続き、調子のいい事を吐かし始めたコジルド。
お前は大口を叩いてボコられた挙句、時間稼ぎにもならない微量の足止めをしただけだろ、この厨二ヴァンパイア……!
「恐れながら、私の悪魔召喚も多少はお役に立てたかと。主もおっしゃっています。あの時『デビルウィスパー』を召喚したのは、ファインプレーであったと」
今度はキヨラカが、控えめに片手を上げながら、自身の活躍を述べてきた。
このポンコツ修道士に関しては、空を曇らせただけだろ。しかも召喚された悪魔は、下品なバイ菌擬きで気持ち悪かったし……!
「あたくしも貢献したかしら。ロース様をわざわざテレポートさせて、広場に1番乗りさせたわ。あー疲れた」
「ウヒッ! ウチは、なーんにもしてなーい」
次から次へと、言いたい放題のエリアボスたち。
「お、お前たち……」
形式上ではあったが、俺は軽はずみに労いの言葉を口にした事を、後悔し始めた。
そもそも、ドンワコードを倒したのは、ほぼ俺ひとりの力なんだが……!
「お前たちの貢献っぷりは理解した。か、感謝する……」
俺は太腿を抓り、本音を押し殺しながら口先だけの感謝を伝える。
「しかしだ、一難去ってまた一難。今度は勇者ンーディオの襲撃に備えなければならない。ヤツが送りつけてきた手紙は、本当に勇者なのか疑うほど酷いものだったが、戦闘狂であるンーディオの事だ。きっと手を抜く事なく、本気で決着をつけに来るだろう」
何かを悟ったのか、いつになく真剣な趣で俺の話を聞くエリアボスたち。
そんな皆の引き締まった顔を順に見渡し、俺はゆっくりと口を開いた。
「――決戦は2日後。今一度、私に力を貸してくれ。ンーディオに勝つには、お前たちの力が必要だ……!」
俺はエリアボスたちに向け、緩やかに片手を伸ばす。
するとエリアボスたちは、俺の要請に応えるように。
「ふふん……お任せください、ロース様」
デュヴェルコードを筆頭に、全員がドヤ顔を向けてきた。
コイツら、大丈夫だろうか。敵は仮にも、この魔王城を完全攻略した勇者だぞ?
全滅寸前まで魔族を追い込んだ敵と戦うと言うのに、何で揃いも揃ってこんな得意げな顔ができるんだ?
1度敗北し、命を奪われた連中の、この自信。不安しかないんだが……!
「お、お前たちの……その自信に満ちた顔つき、信じているからな」
俺は顔を引き攣らせながら、伸ばした片手を下ろした。
「さてっ、ロース様! 敵さんが襲撃してくる日も分かった事ですし、明日は決戦に備えて、しっかりダラダラ休みましょう!」
まるで休暇を貰えて浮かれるサラリーマンのように、ハイテンションな万歳をしてきたデュヴェルコード。
「ダラダラって。体を休めるのはいいが、気を抜くなよ」
「承知しております! ロース様もドンワコードとの激闘でお疲れでしょう。羽目を外さない程度にリフレッシュしてください!」
「今にも羽目を外しそうなのは、お前のテンションだろ。休息は程々に取るのだぞ。
しかしンーディオのヤツ、襲撃は明後日と書いていたが、いつ攻めて来るか……時間帯までは読めないな」
「フハハッ! これは丸1日、警戒が必要でありますな、ロース様!」
顎に手を添え考えていた俺に、弾んだ声で助言してきたコジルド。
「それはそうだが、ある程度の目星をつけて備えるか、24時間警戒するべきか……んん……」
「サゼッション……! となると、眠気とも戦わねばなりませんな。二流勇者との決戦に加え、睡魔戦も始まる。もしも我が最初に睡魔戦に敗れたら、すいません」
「お前、それ言いたかっただけだろ。面白くもない」
コジルドの下らない洒落に、呆れ返っていた。
そんな時……。
『――早く正門前にお越しください! 薄汚れたフード付きのローブを羽織った何者かが、魔王城に接近中です! ロース様! これは訓練ではありません! あっ、緊急放送です!』
お馴染みの、おかしな城内放送が、慌ただしく流れてきた。
「またこの変な放送かよ。伝える順番が、全て逆だろ……!」
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