29話 勇者信書6
ダメ出しを挟みながら、漸くンーディオからの手紙を読み終えたデュヴェルコード。
「い、いかがなさいましたか、ロース様。最後にブルッと震えられたようですが。まさか、わたくしの読み聞かせが上手すぎる余り、感銘を受けたとか」
「いやっ、最後の一行、『敬具でした』がいろんな意味で衝撃すぎてな」
「確かに、終わりの挨拶なのか、自分を敬具と名乗っているのか分かりませんね」
「それもだが、敬語って。あのチンピラ勇者のンーディオが、敬語だぞ? 世界で1番似合わないんだが……」
「そうですね。これは想像に過ぎませんが、まさかあのチンピラ勇者、マトモになろうとしてたりして……」
「勇者の更生物語かよ。そもそもマトモになろうとするヤツが、こんな内容の手紙を送りつけてこないだろ」
「お、おっしゃる通りです」
デュヴェルコードは納得した様子で、俺と手紙を交互に見つめた。
そんな時。
「あれっ? ロース様、この手紙の後ろに、何故かもう1枚手紙が……」
「はぇっ? 嘘だろ、まだあるのかよ」
「恐らくピッタリくっ付いていた2枚が、先ほど剥がれたのでしょう。わたくしがクシャクシャに丸めましたので」
デュヴェルコードは当時を再現するように、再び両手で手紙を乱暴に丸めた。
「あぁ、あの癇癪……って、何でまた丸めてんだ。まだ2枚目の内容を確認していないのに、読めなくなったらどうする気だ」
「えっ! まだ読むのですか? この知性の欠片も感じられない脅迫状を?」
まるでンーディオを蔑むように、丸めた手紙を片手でポンポンとお手玉扱いするデュヴェルコード。
「内容に期待はしていないが、念のためだ。有力性はなくとも、情報は少しでも多い方がいいからな」
「そうですか……。代読する身にもなって頂きたいですが、これも職務です。読み上げましょう」
デュヴェルコードは丸めた手紙を広げ直し、重なった2枚の上下を入れ替えた。
「んん……そこまで長文でもないので、地声で代読させて頂きます。コホンッ」
デュヴェルコードは手紙を目で追った後、小さく咳払いをした。
『――私はシノだ。この矢文を読んでいるという事は、私の放ったレターアローが届いたようだな、魔王ロース』
「2枚目って、シノの手紙かよ」
『――私は勇者の右腕にして、弓の名手。魔王に命中させるイメージで射ったレターアローは、お前に刺さったか? それとも、他の誰かに刺さったか? 誰にせよ、かすり傷でも与えられていたら、私は非常に愉快だ』
スラスラと一定のペースで、手紙を読み上げていくデュヴェルコード。
かすり傷どころか、致命傷になりかけたわ……!
しかしシノは、一撃目を必ず外すアーチャーだったはず。
そんなアーチャーの射った矢が頭頂部に刺さるなんて、俺はなんて運の悪いラッキーパンチを貰ってしまったんだ……!
『――因みに、この手紙をつけたレターアローは、二撃目だ。一撃目は盛大に他所へ放ってしまい、矢文も書き直した。ンーディオ様にも書き直してもらったが、ブチギレられた……お前のせいだ、魔王! ンーディオ様にブチギレられた分も含めて、恨みを晴らしてやるからな!』
読み終わったのか、デュヴェルコードは静かに手紙を二つ折りにし、俺へと視線を向けてきた。
「ロース様、大変な恨みを買ってしまいましたね」
「いやいや、とんでもない逆恨みだろ。この上なく迷惑なんだが」
「そうでした。余りに他人事でしたので、つい。それにしても、あの残念な女、執筆まで残念ですね。クシャクシャで、きったない字です」
再度手紙を読み返すように、手紙を広げて渋い表情を浮かべるデュヴェルコード。
クシャクシャで汚い字は、お前のせいだろ。
あれだけ何度もクシャクシャに丸めたら、どんな達筆だって悪筆になるわ……!
「恐らくだが、ンーディオの字が後半に連れて乱れていたのは、シノのせいかも知れないな。イライラしながら書き直したのだろう」
「言えてますね……って、それはそうと! ロース様の脳天に、矢が刺さったままでしたね! 残念な女からの手紙を読んで思い出しました!」
デュヴェルコードはハッと表情を変え、俺の頭を指差しながらアワアワと慌て始めた。
「目の前でずっと矢が刺さっていたのに、忘れるか普通」
「も、申し訳ありません! いつの間にか一体感と申しますか、自然体と申しますか。見慣れて違和感がなくなっていました! そこそこ似合っています、いい意味で!」
デュヴェルコードはセカセカと言い訳しながら、何度も何度も頭を下げてきた。
「ユニコーンじゃあるまいし、似合ってたまるか。勝手に私の一部にするなよ」
「ただの言い訳です、失礼致しました。ご、ご自分で抜けそうですか?」
「畏まりながら、何の冗談だ。見ろよこの体。両腕を失っているのに、自分で抜ける訳ないだろ!」
「………………そちらも見慣れて、忘れていました。両腕もありませんでしたね」
「おい、側近のくせして、私の変化に無頓着だな。違和感なくなるの早すぎだろ、何て順応力してんだ」
「は、はい……。これからは、もっとロース様のお姿にも興味を持つよう心掛けます」
デュヴェルコードはモジモジと指をイジり、顔を俯かせる。
この子にとって、俺は単なるデカブツ程度にしか見えていなかったのか……?
「それはそうと、こうしては居られません! ロース様、今から医療エリアに向かい、脳天の矢を抜いてもらいましょう! 両腕の再生もしないとですし!」
「医療エリアか……気が重いが、やむを得ん。出向くとしよう」
俺は不気味なマッドドクトールの笑顔を思い出しながら、力なく城内に向かい歩き始めた。