29話 勇者信書5
デュヴェルコードによる読み聞かせの最中、続々とダメ出しを食らっていくンーディオの手紙。
「ではラストスパート、読み上げていきます」
「あぁ。いい加減ツッコミにも疲れてきたし、なる早で頼むぞ、デュヴェルコード」
「善処します。正直、後半に連れてどんどん字が雑になっているので、読み難さが増しています」
「そ、そうか。長文の執筆に、慣れていないのだろうな、あの戦闘狂であるンーディオは……」
「普段から聖剣ばかり握って、羽根ペンなんて握らないのでしょう。チンピラ勇者が机に向かう姿なんて、滑稽すぎて想像もできませんし」
俺はデュヴェルコードの発言から、ンーディオが机に向かう姿を想像してみた。
「………………シュールすぎるな。全く似合わない」
想像してみたが、まるで留年がかかった不良生徒の、イライラ一夜漬け勉強シーンにしか思えなかった。
「脳に負荷をかける想像をさせてしまいました、申し訳ありません。続きを読みます」
デュヴェルコードは余計な念を追い出すようにコンコンとおでこを叩き、再び朗読の体勢に戻った。
『――ずっと気に食わなかったんだよ、魔王という存在が。だからぜってぇ討伐してやる、オレ自らの手でな。ある意味ケジメだ、それが。精々備えておく事だな、テメェの棺桶でも。そう言うの得意なヤツが居たな、1匹、心の蟠り野郎が』
「なっ! 我の事であるか!」
デュヴェルコードの読み聞かせの最中、自分と思しき俗称が出たと言わんばかりに、反応を示したコジルド。
「こ、この二流勇者如きが! 調子に乗りよって! 用意するとすれば、貴様の棺だ!」
「よせコジルド。無機質な手紙に怒鳴ってどうする。確かに棺準備のエキスパートではあるが、今は挑発に乗っても仕方ないだろ」
手紙に指を差し怒鳴りつけるコジルドを、俺は皮肉を織り込みながら冷静に宥める。
「し、失礼しましたぞ。遮って悪かったな、小さき者よ。続きを頼む」
デュヴェルコードは返事もなく、ムスッとした表情を浮かべコジルドを睨む。
そしてひと呼吸置いた後、デュヴェルコードは大きく息を吸った。
『――不安に待ってろよ、オレが行く日を。って、不安になるほど頭良くねぇか、テメェは。この頭貧乏。この手紙も、誰か他のヤツに読んでもらってんだろ、どぉせよ。胸貧乏の側近とかに』
如何にもな挑発ワードが出た途端、デュヴェルコードは手紙を、グシャッと握り締めた。
「はぁっ!? わたくしの事ですか!?」
「ちょっ、落ち着けデュヴェルコ……」
「何なのですか、このついで感! ロース様の頭貧乏のついでに書かれるほど、わたくしのプロポーションは貧乏ではありません!」
グシャグシャと手紙を丸め、怒りのまま地面に投げつけたデュヴェルコード。
その怒り方だと、魔王の頭貧乏は否定しない事になるんだが……!
「落ち着けデュヴェルコード。こんなに手紙を丸めて、まだ途中だろ」
「だってだって! わたくしが直接言い返せないの分かってて、こんな文章書くんですよ! あのチンピラ勇者! ロース様に、この煮え滾る気持ちが分かりますか!?」
「まぁ、私だって頭貧乏なんて不名誉な表現を書かれたし、少なからず気持ちは分かるさ。しかしコジルドにも言ったが、手紙に当たっても仕方ないだろ」
俺が冷静な態度を取るなり、デュヴェルコードはムッと膨れたまま、投げつけた手紙を拾い上げた。
「そうでした、わたくしが少し大人になるとします」
「そうしてくれ。話を手紙の内容に移すが、先ほどから急に文章の雰囲気が一変したな。聞いていて違和感なんだが」
「『ずっと気に食わなかったんだよ、魔王という存在が』の辺りからでしょうか?」
「そうだ。倒置法か? その一文以降、倒置法まみれになっていたぞ」
「言われてみれば、そうですね。ここを書いている時に、誰かが入れ知恵でもしたのでしょう。それで乱用したのでしょうか、倒置法を……」
「………………移ってるぞ。お前まで倒置法で話してどうする」
しかし、例え教えられたとしても、使いすぎだろ。
ンーディオみたいなタイプほど、覚えたての言葉とか使いたがるよな……!
デュヴェルコードは自ら丸めた手紙を広げ直し、少し落ち着きを取り戻した様子で、再び朗読の姿勢をとった。
『――因みにだ、オレが攻め込む日までに、この内容を最低でも千人に矢文で送れ。テメェを血祭りに上げるんだ、ギャラリーは多いに越した事はねぇ。送らなかった場合、楽には死なせねぇからな。この上ねぇ不幸を味わわせてやる。キモい命じとけ! 何か文句あったら、剣で語れ!』
「何だよこれ、不幸の手紙か?」
手紙の内容に痺れを切らした俺は、キリの良さそうなところで堪らず横槍を入れた。
拡散を促す手口が、まんま不幸の手紙なんだが。どこの世界にも、しょうもない悪戯をするヤツがいるもんだな……!
「不幸の手紙……とは知らねぇが、ただの脅迫状だろ」
「はっ!?」
無意識なのか、俺と目を合わせながらンーディオの口振りで返してきたデュヴェルコード。
「ど、どうしたデュヴェルコード! 喋り方がンーディオみたいだぞ」
「あっ……! 失礼致しました、長い事チンピラ勇者のモノマネをしたせいで、軽く染み付いてしまいました」
デュヴェルコードはハッとした様子で、即座に頭を下げてきた。
「そ、そうか、驚かすなよ」
「申し訳ありません。お話を戻しますが、これは見え透いた脅迫状ですよ。戦闘以外、応じる必要はないと思われます」
「勿論、応じる気はない。て言うか応じるなんて無理だろ、この鬼厳しい人数ノルマ」
そもそもこの世界に転生してきた俺に、千人も知り合いなんている訳がない……!
「他にも変な部分が多いな。『キモい命じとけ』とか。肝にだろ。拒絶の訴えじゃあるまいし」
「おっしゃる通りですね。その他にも、素手専門のロース様に対して、『剣で語れ』とか。剣を振るわないロース様と剣で語り合おうなど、非現実的。一方的にお人形さんへ話し掛ける可哀想な人と、なんら変わりありません」
「た、例えが分かり難いんだが。どこからそんなサイコパス系の例えが出てきたんだ」
「ただの例えですから……って、おや? ここで終わりかと思っていましたが、最後に一行だけ未読の部分が残っていました」
クシャクシャの手紙を凝視するなり、またも朗読の姿勢をとったデュヴェルコード。
「ま、まだあるのかよ……」
最後の一行という事は、締めの挨拶文か何かか?
冒頭で『拝啓へ』などと間抜けた事を書くンーディオだ、どうせ『敬具より』とでも書いてあるのだろう。
俺が予想していると、デュヴェルコードは静かに息を吸い込み、ゆっくりと口を開き始めた。
『――以上、敬具でした』
デュヴェルコードの朗読が終わるなり、俺の背中に悪寒が走った。
「………………何で敬語なんだよ、今日イチ震えたわ」
この際、敬具の誤用など、どうでもいい。あのチンピラが敬語を使う方が、よっぽど衝撃なんだが。
期待を裏切るどころか、俺の想像を超えてきやがった……!




