29話 勇者信書4
勇者ンーディオからの矢文を、本人の口調に似せて読み上げていくデュヴェルコード。
「続き! 読み上げていきますね!」
「あっあぁ、ンーディオのくせに、意外と長文だな。頼むぞデュヴェルコード」
俺はピリピリとした読み手の様子を伺いながら、穏便に朗読の続行を依頼した。
この子はあろう事か、モノマネ読みをセルフで始めたくせに、差出人の口振りが悪いと理不尽に激怒したのだ。
皆の前で読み上げてくれるのは有り難いが、身勝手な癇癪を起こされても、聞き手が困るのだが……。
デュヴェルコードはピリついた雰囲気のまま、大きく息を吸った。
『――それはそうと、おい魔王。シャイン姫は元気か? 無事だろうな? テメェをボコッた後、姫は返してもらう。まさかとは思うが、オレのハンティングトロフィーに、手なんか出してねぇだろうな。そん時は覚悟しとけよ、人族と魔族の因縁とは別枠で、2回は殺すからな! 同じ空気を吸っても殺す!』
立腹の流れからか、デュヴェルコードは先ほどよりも口調を強めて読み上げていく。
同じ空気をって、もはや抹殺確定じゃないか。
ンーディオの言う条件だと、この世界にいる限り、俺の助かる道はないも同然。むしろ、よく今まで生かしてくれてたな……!
『――ついでに書くが、オレたちが攫ったテメェんとこのガキ犬共は、一応生きてんぞ。多分な。檻ん中で、今もキャンキャン吠えてやがるが……あぁーっ! うるせぇな、ガキ犬共! 静かにしやがれ!』
デュヴェルコードはまるで役になり切ったように、突然声を荒げた。
この矢文を書いた時、ンーディオはいったいどこで執筆してたんだ……?
「良かったですわね、ロース様。この情報が確かであれば、愛犬たちは無事らしいですわよ」
俺に顔だけを振り向かせ、優しく微笑んできたレアコード。
「愛犬って、四天王だろ。しかしンーディオめ。あの時の雪辱、絶対晴らすからな……!」
四天王を攫われた時の光景が脳内にフラッシュバックし、俺は堪らず当時味わった悔しさを思い出した。
『――テメェを討伐した暁には、姫というトロフィーはオレがお持ち帰りする。だが逆に、万に一つでもテメェが勝てば、ガキ犬共は勝手に連れ戻せばいい。肉なり焼くなり、好きにしろ。
これで互いの利害は一致。等価を賭けた、至極当然の争奪戦が勃発する。ハハッ! テメェじゃ思いつきもしねぇだろ、こんな完璧な筋書き! 敢えて戦いに意味を持たせ、必然的に互いが本気にならざるを得ねぇ状況を知らしめる。オレが企てた、戦のお膳立てだ!』
デュヴェルコードは語尾と同時に両手を大きく広げ、迫力を演出するように体を仰け反らす。
しかし数秒後、デュヴェルコードは静かに体勢を戻し、俺たちを順に見渡した。
「まだ続きが書かれていますが、ツッコミどころ満載の文章に、ノーリアクションってのも気持ちが悪いので、一旦止めました。そろそろ中間ダメ出しタイムに致しますか?」
「そ、そうだな……。文脈も内容もメチャクチャで、頭に入ってこなかった。聞いている方も落ち着かないが、読み手はそれ以上に落ち着かないだろう」
「はい。まるで羞恥プレイのように、耐え難い痛々しさでした」
「だろうな……。まず、四天王は必ず連れ戻すとして、肉なり焼くなりってなんだよ。煮るなりだろ。バーベキューじゃあるまいし。
それに、この戦いを企てた首謀者は、ンーディオなのか?」
「断じて違いますわ」
分かり切った俺の問いに、横から即答してきたレアコード。
「だよな、買い被りすぎだろ、ンーディオ」
「如何にも自分で描いた戦のシナリオですと猛アピールしていますが、描くほど立派なシナリオでもないかしら。
そもそも誰も描かずとも、これは自然に起きる戦。ただの種族間の憎み合い。そんな事、ロース様でも分かると言うのに。態々自分を陥れるような文を書くなんて、抜け作もいいとこね。益々バカが露天しただけって感じですわ」
レアコードは呆れた様子で、続々とダメ出しを口にしていく。
言いたい事は尤もだが、途中の『ロース様でも』は余計だろ。いちいち低レベルの水準として、俺を引き合いに出すなよ……!
「私もひと言よろしいですか?」
片手で小さく挙手するなり、爽やかな笑顔で発言権を求めてきた、悪魔修道士のキヨラカ。
「珍しいな、申してよいぞキヨラカ」
「ありがとうございます。この勇者、姫をお持ち帰りだなんて、何と端ない物言いでしょうか。勇者とは名ばかり。とても勇ましき者とは思えない、心の穢れを感じました」
「そ、そうだな。言いたい事は分かるが……」
ンーディオより、お前の方が心の穢れは濃いと思うぞ、ポンコツ修道士……!
「我も物申したいでありますぞ、ロース様」
額に手を当てたコジルドが、キヨラカに続き発言権を求めてきた。
「何だ、コジルド」
「はい。二流勇者とは言え、ここまで愚かだとは……! 我の想定を、遥かに超えてきましたな。
ヤツの求めるハンティングトロフィーは、一国のプリンセス。されどこちらの勝利報酬ときたら、四天王の子犬共と吐かした。いったい、これのどこが等価であるか。1対4の取り引きだとしても、存在の価値が違いすぎるであろうに! 敵は、失えば国家が騒ぐトロフィー。しかしこちらは、失おうと然程支障のないトロフィー。敵のトロフィーの方が、圧倒的に闘志が湧き立つではないか! こちらにも、もっと価値ある命を賭けぬか、この卑怯者! カタストロフィー勇者め!」
コジルドは鋭く目を光らせ、終わりに連れて口調を強めながら意見を述べた。
そんな時。
――コッ、コッ、コッ……!
ヒールの足音を立てながら、レアコードが険しい表情でコジルドへと歩み寄った。
そして。
――パァンッ!
コジルドの頬に、痛快なビンタをひとつ入れた。
「なっ……何をするか貴様!」
突然のビンタに、激昂するコジルド。
そんなコジルドに、レアコードは冷ややかな視線を向ける。
「あんた、いつからそんな偉い存在になったの? 嫌われ者のひとりボッチに、命の優劣を語る権利なんてないわ」
「き、貴様……」
「命の価値なんて、皆等価。この世に命の価値を測る物差しなんてないわ。あんた如きが比較していい領域じゃないの。この、無価値のクズが」
――パァンッ!
言い終わるなり、レアコードは更にビンタを入れた。
レアコードよ、言っている事は正しいが、最後のひと言で台無しだぞ。
命の平等さを語る美女が、コジルドの価値を完全否定するとは……!
「貴様、女神か……? 我にもまだ、叱ってくれる者が居るとは」
引っ叩かれた頬に片手を覆い、何か神々しい者でも見るかのような、うっとりとした眼差しをレアコードに向けるコジルド。
叱ってくれる女神と言うより、言動にイラッときて手を出した、憂さ晴らしするドライモンスターに見えるが……!
「デュヴェル。こんなコジったお門違い思考なんてほっといて、先に進みましょう」
「はいレア姉。残りの行数からして、そろそろ終わりが近いです。ここからは早送りで行きます! 頭を柔らかくして、ダメ出しに備えてください!」
デュヴェルコードは早く読破したいのか、首をコキコキと鳴らしながら、再び朗読の体勢に入った。
――矢文の差出人、勇者ンーディオよ。
お前は夢にも思っていなかっただろうが、この酷い手紙。今、魔王城でボロクソにダメ出しされているぞ……!




