29話 勇者信書2
俺の頭頂部に刺さった矢を凝視するなり、ンーディオと書かれた紙を見つけたコジルド。
「コジルドよ、本当にンーディオの名が書かれているのか?」
「左様ですぞ。スキル『オートエイム』の使い手である我の目に、狂いなどありませぬ」
「今『オートエイム』は全く関係ないが、本当にンーディオの送ってきた矢と紙なら……いったい、何のつもりだ……?」
「レター……! これが俗に言う、ヤブンというヤツでありましょうか」
まるで得体の知れない物を触るように、コジルドは俺に刺さった矢をツンツンと指で突っつく。
「ヤブンではなく矢文だろ。夜更けじゃあるまいし。
て言うかツンツンしてないで、早く取ってくれ。両腕を失った今の私では、自力で取れないのだから」
「それは失礼しましたぞ。ではロース様、少し屈んで頂けますかな?」
「分かった。早くしろよ」
俺はコジルドの要求通り、両腕のない上半身を前に倒し、お辞儀のような体勢をとった。
なんだか、俺がコジルドに詫びを入れているような絵が浮かぶんだが……!
「ありがとうございます、急ぎます故…………よしっ、フハハッ! 綺麗に取れましたぞ!」
コジルドの報告を聞き、俺は元の体勢に戻る。
しかし。
「コジルドよ、お前はマヌケか。何で結ばれた紙だけ取ってんだ。矢ごと取れよ」
見るとコジルドの手には、折り目の入った紙しか持たれていなかった。
という事は、未だに矢は俺の頭頂部に刺さったままかよ。まるで串カツじゃないか、ロースだけに……!
「い、いやぁ……。我が矢を抜くより、あのクレイジードクターに抜かせた方が、得策でありますぞ。あの不気味な白衣娘でも、一応は医者の端くれ。不用意に我が抜いて、噴水出血でもしたら……」
何か後ろめたい事でもあるのか、目を泳がせ俺から顔を背けたコジルド。
「何だその、初めから抜く気のなかったような反応は。まさかとは思うが、血を見るのが怖いのか? ヴァンパイアのくせに」
「フ、フハハッ……そんな、ベターなコミカルでもあるまいし。我に怖いものなどない……ですぞ」
コジルドは不都合を誤魔化す様子で、手に持つ矢文をソッと俺に差し出してきた。
コイツ、まさか本当にヴァンパイアのくせに、血を見るのが怖いのか?
血を見るのが怖い医者より、シュールだな……!
「私に差し出されても困るだろ、持てないのだから。デュヴェルコードよ、代わりに受け取ってくれ」
「かしこまりました」
デュヴェルコードは俺の指示に従い、コジルドから矢文を受け取る。
そして折り目のついた矢文を、丁寧に両手で広げた。
「長文だな。どうやら本当に手紙のようだが、差出人はンーディオか?」
「そのようですね。ではロース様に代わり、わたくしがチンピラ勇者からのお便りを、読み上げましょう」
俺たちがやり取りをする最中、何を思ったのかコジルドが、こちらに顔を振り向かせてきた。
「ベストスピーカー……! なかなかの名案であるな、側近小娘よ。両腕を失われて手紙も持てぬロース様に代わり、貴様が読み聞かせをするのであるな。
まったく、痒いところに手が届く小娘であるな」
コジルドはデュヴェルコードに指を差し、分かり難い例えと共にニヤリと笑顔を浮かべた。
何だよその褒め言葉、逆にムズムズしてくるんだが……!
「確かに、今のロース様は何も持つ事ができませんが、両腕の有無は全く関係ありません。側近として、当然の務めを全うしているだけです。代読のご要望があれば、ロース様のお手を煩わせる事なく、きっちり代読します」
「立派な忠誠心だな……。一応これからも頼むぞ、デュヴェルコード」
「お任せください! いつだってわたくしは、ロース様の痒いところに手が届く存在ですから!」
デュヴェルコードは煌びやかな笑みを浮かべ、手に持つ紙を握り潰しながら、可愛らしいガッツポーズをとった。
どちらかと言うと、痒いところを爪で抉ってくる存在なんだが。
些細な事でも、この子が関わるといつも大事に変わってしまう……!
「コホンッ。それでは、チンピラ勇者からのお便り、読み上げさせて頂きます」
デュヴェルコードは軽く咳払いをした後、張り切った様子で両手をピンッと伸ばし、矢文を顔の前に広げた。
まるで夏休みの作文でも朗読する、小学生のような佇まいだな……!




