28話 少女心願8
「どうしたのですか、ロース様。勿体ぶらずに教えてください! 先ほどの最上級魔法について、詳しく!
一体全体、『パーフェクトヒール』とはどういう事ですか!」
俺への尋問会が佳境を迎えた時、俺にとって最も困る質問をしてきたデュヴェルコード。
「あぁ、うん……その事な……」
強い眼差しを向けてくるデュヴェルコードから、俺は考えるフリをして目を逸らす。
常識的に考えれば、この質問をされるのが普通だ。あれだけ大っぴらに、規格外れの大魔法を使用したのだから。
むしろ、今までお門違いな質問ばかりしてきた、他の魔族たちがアブノーマルなだけであって、この子はまともな質問をしている。
しかし、それが厄介極まりない。
いつもは空気も読めず、トチ狂った洞察力で俺を困らせてきたこの子が、今回は逆にまともな方で困らせてきた。
そういう点ではある意味、今回も空気を読めてはいないな……!
デュヴェルコードから目を逸らしたまま、ひとり返答を悩んでいた時。
「インディード……! 確かに、それは我も知りたい……」
突然コジルドが、何かに絶望した様子で、膝から崩れ落ちた。
「我は、我は何て下らぬ事に、たった1度の質問権を使ってしまったのだ。この小娘が申すように、我もあの最上級魔法の真実が知りたい。
何だ、この徒ならぬ後悔に苛まれる、後味の悪さは。まるで、高血糖の人族を吸血した時のようだ。後から押し寄せる、あの甘ったるい後味の悪さに近しい……!」
コジルドは両手で頭を抱え、自分の愚かさを悔いるように嘆いた。
かなり分かり難い例えだが、つまりはフレッシュな血を吸えなかった時の、後味の悪さに近いという事か……?
「ロース様。ほら、この色んな意味で可哀想なヴァンパイアも、こう申している事ですし! 先の最上級魔法について、お聞かせください!」
地面に膝を着くコジルドの頭をペシペシと叩き、俺に猛アピールしてくるデュヴェルコード。
「あれは……あれだよ。生まれつき的なやつだ。お前も持っているだろ? 生まれつき授かった、オッドアイ。私の唱えた最上級魔法も、そんな感じだ。つい最近、それを使える事を思い出したから、使っただけだ」
俺はデュヴェルコードとまともに目を合わせず、咄嗟の嘘で説明していく。
そんな俺のアバウトな説明に、デュヴェルコードの顔が曇る。
さすがに、無理があったか……。
「ロース様、悲しいです。やむを得ません、『ハード・バインド』」
突然デュヴェルコードが、俺に向け小さな声で捕縛魔法を詠唱した。
その途端、魔法陣の中から長いロープが出現し。
「えっ……ちょっ! 待てデュヴェルコード!」
両腕を失ったままの上半身に、ロープがみるみる絡みついてきた。
「デュヴェルコード……何の真似だ、これは」
「拘束です。ロース様が、真剣に答えてくださらないので」
「いやっ、もはや拘束の目的って何だ?」
「愚問ですよ。手や足の自由を奪い、下手な身動きを封じるためのものです」
「そうだよな……! 先ほどの激闘で、私は両腕を失ったままだぞ。なのに縛る必要があるのか? そこまで不自由加減が変わらないのだが」
俺は上半身をグルグル巻きにされたまま、ゆっくりとロープを見下ろした。
ロースという名前だけに、まるで縛られたハムだな……!
「それでも、ロープを解かない限り、両腕の治療すらできません。ロース様が真剣に答えてくださるまで、わたくしは魔法を解除致しません」
「デュヴェルコード……」
「わたくしはロース様の側近にして、数多の魔法を操るマジックキャスター。誰よりも魔法に情熱を注ぎ、絶対的なプライドを持ち、貪欲に追求をしてきました。新たな魔法の扉を開くためなら、いくらでも欲張りになります」
グルグルに拘束された俺を前に、顔を俯かせしんみりと語っていくデュヴェルコード。
「だって……。わたくしを救ってくださったロース様の隣に立つなら、世界一の魔法使いとして立ちたい。
ロース様に、この気持ちを分かって頂けなくても、わたくしは貫きたい。決して譲りたくない……」
デュヴェルコードはプルプルと肩を震わせ、俯いたままひと粒の涙を落とした。
そして、俺へと顔を上げ。
「――ロース様、わたくしに『パーフェクトヒール』を教えてください」
瞳に溢れんばかりの涙を溜め、デュヴェルコードは真剣な趣で懇願してきた。
「わ、忘れた……。もう覚えていないのだ、あの魔法の事を」
「はいっ!? どうして!」
俺が悲報を伝えた途端、デュヴェルコードは乱暴に涙を拭い、身を乗り出してきた。
「ほ、本当に忘れた。そういう条件付きの魔法なんだ。あの究極の力は……」
俺は期待に応えられなかった申し訳なさと、事実を誤魔化した罪悪感から、デュヴェルコードに軽く頭を下げる。
「………………出ましたよ。ロース様の常套手段、都合のいい記憶喪失」
見るとデュヴェルコードは目を細め、呆れた視線を向けてきていた。
「す、凄まじい皮肉っぷりだな。信じてくれ、魔法を伝えようにも、こればかりは語る事ができない」
「ロース様、本当に心からお願いします。この目で最上級魔法を見たのは、初めてなのです。漸く巡り会えた奇跡を、誤魔化さないで頂きたいです」
いつになく真剣な眼差しで、真っ直ぐ俺に訴えかけてくるデュヴェルコード。
この子の瞳、本気だ……!
先ほどドンワコードを倒してくれと頼んできた時は、まるで助けを乞うか弱い少女だったが、今は違う。
知識とロマンを追い求める、強靭な意志を感じる。
まさに、少女の心願。
「いったい、どう話せば……」
俺は固く目を閉じ、最も正しい答えを熟考する。
そして。
「デュヴェルコードよ……!」




