28話 少女心願6
ドンワコードとの死闘を終えた後、何故か始まってしまった俺への尋問会。
「ヒヒヒッ、ウチに指名入っちゃったー」
「貴様もこの際、ロース様に聞きたい事があれば聞くがよい」
依然として席に着く俺の対面に、コジルドはそそくさとマッドドクトールを椅子へと誘導する。
「何を聞こうかなぁー。あーんな事や、こーんな事かなぁー」
コジルドの誘導に抵抗なく従い、ニヤニヤと不気味な笑みを浮かべながら椅子に座ったマッドドクトール。
「なぜお前までその気になってんだよ、マッドドクトール。今考えるくらいなら、無理に質問しなくていいだろ」
「ウヒッ、もう決めましたよ。しかしロース様、アラレもないお姿ですねぇ。今回は両腕とも失っちゃって。
早く治療して欲しいですかー? 再生して欲しいですかー?」
マッドドクトールはプラプラと両手の長い袖を揺らし、揶揄うように語りかけてくる。
「それがお前の質問か? ひとり1回の質問権を、行使したと捉えるぞ」
「ヒヒヒッ、まっさかー! これは社交辞令のようなものです。早く治して欲しかったら、ちゃーんとウチの質問に答えてくださいね。
ロース様にどんな恥ずかしい内容を、赤裸々に語ってもらおうかなぁー」
「おいっ、節度は欠くなよ。言っとくが魔王にだって、プライバシーはあるからな」
「大丈夫、大丈夫。ギリギリのところを攻めますから」
マッドドクトールは机の上に身を乗り出し、俺に顔を近づけてきた。
「ヒヒヒッ、ロース様。あの後ろで黒焦げになっている、ダークエルフの亡骸……貰っていい?」
「はっ? それが質問か?」
俺はどんな際どい質問がくるかとソワソワしていたため、思わず拍子抜けした。
「そうですよー、さっきロース様が戦う前に、ウチは申しましたよ。ダークエルフなんてレアな亡骸、普通は手に入らないし。標本として回収したいなーって。
今は近くに転がったお宝以外に、興味はありませーん!」
「………………好きにしろ。勝手に持って行け」
俺は背後に倒れた黒焦げのドンワコードを見つめ、マッドドクトールに力なく返答する。
きっと内臓まで焦げていると思うが、まぁ嬉しそうだし黙っていよう……!
「ありがとうロース様! 後でちゃんと再生治療しますね。あっ、もちろんリハビリテーションも!」
「リハビリは遠慮しておく。あれはリハビリと称した、単なるお前の目の保養だろ。治療は受けるが、お前のフェチに付き合う気はないからな」
「あら残念です。ではでは、ウチはこれにて! 解剖、解剖〜!」
マッドドクトールは居ても立っても居られない様子で席を立ち、華奢な体格に似合わない勢いで、ドンワコードの元へと駆けていく。
そして片手でドンワコードの腕を掴み上げ、まるで新しいおもちゃを手にした子供のように、乱暴に亡骸を引き摺り魔王城内へと駆け込んでいった。
「チャイルディ……! まるでガキの所業であるな。貴重な質問権を、下らない事で消化しよって」
魔王城内に消えていくマッドドクトールを、気に食わない様子で見送るコジルド。
俺からすれば、コイツの方がよっぽどガキっぽい質問だったが……!
「では次、そこの貴様。爽やかフェイス邪教徒、貴様にもターンをくれてやる」
コジルドは上から目線な態度で、教会エリアのボスである、キヨラカを指名した。
「何と皮肉なあだ名ですか、まるで甘い仮面を被った悪党のように。
主もおっしゃっています。汝コジルド、大口を叩いた挙句、敵にボコられた身であれば、もっと謙虚に振る舞うべきだと」
キヨラカは涼しい顔で文句を言いながらも、マッドドクトールに続き躊躇いなく俺の対面に着席した。
そして。
「ロース様、神を信じますか?」
間髪入れずに、またも先の激闘とは関係のない質問を投げかけてきた。
「お前まで……。他に陸な質問はないのか?」
「困った時はこれですよ、修道士のお約束的な問い掛けです」
キヨラカはプチ情報でも伝えるように、人差し指をピンッと上に立て、首を傾けながら微笑んできた。
信じるも何も、神様と顔見知りなのだが。さっきも天界で会ってきたし……!
「あまり、信用はしていないかな」
「おぉ、誠に可哀想な……。この際、神に心を委ねてみては?
貧しき心も、女神エリシアを崇め、加護を授かると、今以上に人生は華やかなものとな……」
「エリシア!?」
タイムリー過ぎる女神の名前が飛び出し、俺は思わずキヨラカの言葉を遮った。
「い、いかがなさいました?」
「いやっ……何でもない」
まさかコイツの崇拝する神が、あの邪女神エリシアだったとは。
――エリシアさん、お気づきですか?
あなたを崇拝する修道士は、陸でもないヤツでしたよ……!
「まぁ……信じるも信じないも、ソイツ次第だし。その女神様のためにも、毎日しっかりお祈りでもする事だな」
「勿論です。ロース様もいかがですか?」
「絶対にお断りだ」
俺は強い意志を持って、即座に拒否した。
「そ、そんな。良いではありませんか! 何事にも初めの1歩があるもの。手始めに、軽く信じて! 先っちょだけでもいいから、崇拝してみて! 騙されたと思って!」
キヨラカは必死な様子で、俺に勧誘を迫ってくる。
そんな中、キヨラカはマシンガントークの隙に、何やら手元から入信書のような怪しい紙を、ソッと机の上に出してきた。
何だよ、この雑な手口は。修道士が騙し文句を言っちゃダメだろ……!
やはり流石としか言いようがないな、この邪女神の信者。
「なんだこの紙は、宗教の勧誘か! あと先っちょって、どの程度だ!
コジルド、こんな邪な修道士を指名するな!」
「し、失礼しましたぞ! 即刻、下がらせます!」
コジルドは頭を下げながら、キヨラカの肩に掴みかかる。
「立てっ、このポンコツ邪教徒! ロース様の御前で、無礼を働きよって! この紙切れも我が回収しておく!」
「い、痛いですよコジルドさん」
キヨラカは強引に椅子から立たされ、コジルドの背後に追いやられた。
しかしその一方で、コジルドは空いた片手で入信書を丁寧に折り畳み、ソッとマントの陰に隠した。
まさかコイツ、入信する気か?
今以上に人生が華やかにと聞いて、心が揺らいだのだろうか。
「次の質問に参りましょう。続いて……レアコード。次は貴様のターンだ」
コジルドは気を取り直すように、レアコードに向けビシッと指を差す。
「あたくしも? ご遠慮、パスするわ」
「こらっレアコード! いくら貴様が絶世の美女だからと言って、勝手は許さぬぞ! ひとり1問と申したのに、まるでロース様なんて興味なしみたいではないか! それではロース様が可哀想であろうに!」
机の上をバシバシと叩きながら、レアコードに説教を始めたコジルド。
可哀想って、世界で1番可哀想な厨二ヴァンパイアに、哀れみをかけられたんだが……!
「バカバカしい催しね。あたくしは別にどうでもいいけど、早く終わりたいから、簡単な質問をひとつだけ……」
レアコードは呆れた表情で、椅子には座らず俺の側まで歩み寄ってきた。
そして机に片手を置き、綺麗な顔を俺に近づけ。
「――ロース様って、本当は誰?」
まるで俺の心を覗き込むような目つきで、小さく問い掛けてきた。
「えっ……」
シンプルかつ、凄く意味深なレアコードの質問に、俺は背筋が凍りついた。




