28話 少女心願5
最上級魔法を駆使し、俺はドンワコードに勝利した。
「ロース様。わたくしのために、本当にありがとうございました。ロース様は、最高の悪魔です」
これまでで1番とも言える満面の笑顔で、俺にしがみ付き何度も感謝を伝えてくるデュヴェルコード。
「私は魔王として、至極当然な事をしたまでだ。だがお前の気持ちは、素直に受け取っておくぞ、デュヴェルコード」
俺は無邪気に微笑むデュヴェルコードの頭を、ソッと撫でようとした。
しかし。
「………………はぇ?」
空振った?
いや、それどころか、両腕の感覚すら……。
「ない……! ないないないっ、感覚どころか、物理的にない! えっ、私の腕は!?」
俺は落ち着きなく、両脇を何度も交互に見渡す。
しかし何度確認しても、俺の両腕は見当たらなかった。
「腕が、嘘だろ! 再生していない!」
「ロ、ロース様、落ち着いてください!」
「な、何だか腕がないと気付いた途端、急に両肩が痛い気がしてきた!」
「気の病ですよ! まずは深呼吸を!」
デュヴェルコードに宥められ、俺は落ち着きを取り戻すため深呼吸を繰り返した。
「スーッ、ハァ……。すまん、取り乱した」
「いいえ、お気になさらず。ロース様はあれだけの健闘をなさったのです。両腕のない魔王が慌てふためいても、今だけは誰も見苦しいとか思いませんよ」
デュヴェルコードは俺から1歩離れ、安心させるような優しい笑顔を向けてきた。
「フォローになってないぞ。少しも思っていなかったら、見苦しいなんて表現、スッと出てこないだろ。
それより私の腕。最後の一撃を放った際、ドンピシャなタイミングで『パーフェクトヒール』の効果が切れたのだな。片腕だけでも、残しておくべきだった……」
俺は勢い余って放った『ツイン・エクスプロージョン・ハンマー』を、凄まじく後悔している。
怒りに任せて最大火力をお見舞いしたが、あの時のドンワコードであれば、片腕でも充分勝てたかも知れなかったな……!
俺はひとり静かに天を眺め、先ほどまで繰り広げていたドンワコードとの死闘を振り返った。
そんな時。
「ウヒッ、ヒヒヒ。あらあらロース様、それわざとですか? また治療とリハビリが必要ですねぇ。覚悟はよろしいですかぁ?」
「ぎくっ……!」
俺は胸騒ぎを覚え、不気味な笑い声のする方へゆっくりと視線を向ける。
すると俺に歩み寄ってくる、医療エリアボスであるマッドドクトールの姿が。
「また、この不気味な医者の世話になるのかよ……」
俺は顔を引き攣らせ、起こり得る今後の嫌な展開を、ボソボソと呟く。
だが歩み寄って来ていたのは、マッドドクトールだけではなく。
「フハハッ! 待て待て、クレイジードクターよ。そう治療を急ぐでない」
コジルドを筆頭に、ゾロゾロと他のエリアボスたちも近づいて来ていた。
「ヒヒヒッ、なになにヴァンパイア。重症の患者を前にして、ウチの邪魔でもする気?」
「案ずるな、そうではない。ここはまず、ロース様への尋問を優先するが吉と出た。貴様らも、各々にロース様から聞きたい事のひとつやふたつ、あるのではないか?」
コジルドは他のエリアボスを見回しながら、俺の前で足を止めた。
「いや、何がまずは尋問だ、まずは治療だろ。見ろよこの両腕。いやっ、実際は見せられる腕はないが。どう考えても重症で急患だろ」
「何をおっしゃいますか! あれだけ我々の前で驚異的な神業を連発なさって、このままダンマリですと? なかった事にはできぬレベルの激闘でしたぞ!」
「いやぁ……話したところで、もう思い出話くらいにしかならないのだが」
「そんな水臭いですぞ。減るもんでもないでしょうに」
まるで友達感覚のように、俺の胸元にクイクイと肘を当てて来たコジルド。
減るも何も、もう2度と使えない魔法なんだが……!
「ロース様の行いは即ち、我々魔族への影響力。ここは洗いざらいお話してもらうしかありませぬな! 『クリエイトオブジェクト』!」
コジルドは張り切った様子で魔法を詠唱し、目の前に簡単な机と椅子を出現させた。
何でこんな時ばかり、暴走特急のように勢いづくんだ、このボロ負けヴァンパイア……!
「洗いざらいって、私は取り調べを受ける容疑者か」
「そんな滅相もありませぬ。我々は、決して折れる事のない硬いパイプで繋がった、魔王とその部下の関係ではありませんか。皆、ロース様に何が起こったのか知りたいだけですぞ」
コジルドはニッコリと笑い、俺に着席を促す様子で椅子の背もたれに手を翳した。
これまで散々俺を困らせてきた魔族たちのくせに、何が硬いパイプで繋がった関係だ。
俺に言わせれば、ヒシヒシと折れやすいストロー程度の関係なんだが……!
「ささっ、ロース様。激戦の疲れもあると思われる故、一旦お座りになってくだされ」
「調子のいい事ばかり申して、何でそんなに心を躍らせてんだよ」
口では言い返すものの、両腕も体力もない俺は、抵抗を見せる事なく椅子に腰掛けた。
「それでは、ロース様がご着席されたところで、ひとり1問の質問タイムと参りましょうぞ! ではまず、我のターンである!」
コジルドは俺と向き合うように、机の反対側へと移動し、椅子に座った。
「我がロース様にお聞きしたい事は、ひとつ……! 空覚えですが、ロース様が最上級魔法を詠唱された後、こうおっしゃいました。『この2分間、俺は世界最強の魔王だ』、と……」
「空覚えの割りに、一言一句違わず覚えているのが少し怖いが……。で、その発言がどうした?」
「はい。普段はご自身の事を『私』とおっしゃるロース様が、突然の『俺』。まるで成長と共に『僕』を卒業する、独善児のような雰囲気、そして気配……」
「だ、だから何だ」
「ロース様、まさか目覚められたのですかな?」
「はっ!?」
まるで厨二病でも拗らせたのかと言わんばかりの、コジルドの意味深な表情に、俺は堪らず声を荒げた。
「そのご反応……! やはり我々は、ロース様の一人称チェンジという、奇跡の瞬間に立ち会ったようですな。
よもや今の追求で、キャラチェンを目論んでいたロース様の、羞恥を掘り起こしてしまいましたかな? しかしご安心ください。遅かれ早かれ、誰にだってそう言った一皮剥ける時期は、必ず訪れるもの。恥ずべき事ではありませぬぞ」
気配りの言葉とは裏腹に、ニヤニヤと不適な笑みで俺を見つめてくるコジルド。
あの時は勢い余って、つい『俺』と言ってしまったが、特に恥など感じてはいない。
しかしこの厨二野郎だけには、『目覚めた?』なんて深掘りされたくない……!
「私は何も目覚めていないし、恥てもいない。て言うか配慮するくらいなら、態々聞いてくるな。ただの公開暴露じゃないか。そもそも私はだな……」
「フハハッ……。我は、本当のロース様と話したい。ロース様、『俺』でもいいのですぞ?」
「うるさい、私は『私』だ! あとその意味深なニヤニヤ顔やめろ! 目覚めて仕上がり切ったお前と、一緒にするな!」
「なっ! 仕上がり切った……」
俺の反論に、ショックを受けた様子をみせるコジルド。
「激戦を終えたばかりの私から、何を知りたいのかと思えば、何だその下らない質問は! そんなバカの揚げ足を取るような質問のために、こんな椅子と机まで用意して、皆を巻き込み、私の治療を遅らせたのか?
私が言うのも何だが、せめてもう少しマシな疑問を抱け!」
「インスパイア……! 想像していた答えとは、まるで別もの。それどころか、何故か真剣に怒られましたぞ。ロース様の大喝、恐るべし……」
コジルドは気力をなくした様子で椅子から立ち上がり、そそくさと後ろへ下がった。
「つ、続いては……クレイジードクター。質問せよ」
「何で続投なんだよ、今ので終わりでいいだろ」
余所余所しくマッドドクトールを誘導するコジルドを目にし、俺は大きな大きなため息を吐いた。