28話 少女心願4
「くたばれ、光の魔女が。『トゥレメンダス・ダークライトニング』」
俺を出し抜いた様子で笑みを浮かべるドンワコードが、右手の平に魔法陣を出現させた。
「逃げるんだ、デュヴェルコード!」
俺は全力で駆けつけながら、デュヴェルコードに退避するよう注意を促す。
「ダメだ、間に合わ……『アトラクション』!」
全力疾走だけでは間に合わないと判断した俺は、城壁に向け引力魔法を詠唱。
分厚く聳える城壁など、引き寄せられる訳がない。しかしその代わりに、俺の右手が引き寄せられ、全力疾走から更に加速を得る事ができた。
そして。
――バリバリッ……!
ドンワコードの出現させた魔法陣から、黒紫色の稲妻が発生。
身の毛もよだつ雷鳴を立てながら、デュヴェルコードに向かい鋸歯状の稲妻が走る。
「間、一髪!」
俺は引力魔法を解除しながらデュヴェルコードの前に滑り込み、背後を庇うように大の字で立った。
しかし俺は、自分の立ち姿に違和感を覚える。
「このままでは、脇下や足の間をすり抜ける気が……!」
稲妻が差し迫った瞬間、俺は咄嗟に両手足を閉じ、大の字から気をつけの姿勢に切り換える。
背後に立つ小さな体を守護するには、より効率の良い壁にならなくては……!
そして、稲妻は俺の胸へと直撃し。
――バリバリッ!
「ロ、ロース様……」
「ハァ、ハァ。間に合ったようだな、無事か? デュヴェルコードよ」
無我夢中で壁役に回った俺は、身を挺して稲妻を防ぐ事ができた。
まるで雷を受けた棒状のアンテナのような、立ち姿だったが……!
こういう時、漫画やアニメだとダイナミックな大の字姿勢で、背後の仲間を守るのがセオリーなのだろう。
だが庇護欲が勝り、自ずと壁に近しい姿勢をとってしまった。
傍から見ると、情けなく攻撃を受けた木偶の坊だろうな……!
「わたくしは大丈夫です。それよりロース様の方が……」
「私も問題ない。今なら瞬時に回復する」
「いえっ、そんな事ではなく、いったい最上級魔法なんてどうやって……」
「どこ気にしてんだ、今はそんな場合か! てか少しは、私の体も心配しろ! 例え『パーフェクトヒール』があろうと、それが守られる者の務めだ、形だけでも!」
俺は思わず頭に血が上り、首だけを振り向かせデュヴェルコードに怒声を放った。
「ひいっ……! 失礼致しました。たった今、心配になり始めましたので……」
「本当に形だけだな。でも今は、そんな事より……!」
俺は再びドンワコードに視線を戻し、鋭い睨みを利かす。
「お前はいったい、どこまで腐った野郎なんだ、この下衆エルフ!」
俺は怒りに任せ、荒息を吐くドンワコードへとフルスロットルで駆け出した。
「お、俺様が負けるなんて、有り得ねーんだよ! 『トゥレメンダス・カオスフレア』!」
激走する俺に向け、最後の力を振り絞るように黒い炎を飛ばしてきたドンワコード。
しかし俺は炎を振り払う事もせず、ダメージを自動回復しながら、一心不乱にドンワコードとの距離を詰めていく。
そして。
――ゴンッ!
怒りのあまり、俺は魔法を使用せず、ただの拳骨を食らわせた。
「が、がはっ」
そんなシンプルすぎる殴打を受け、頭を抱え蹌踉めくドンワコード。
「今度こそ、これで決着だ! 私の最大火力をもって、お前に鉄槌を下す!」
俺は歯を食い縛り、胸を張りながら両腕を振り被り。
「――『ツイン・エクスプロージョン・ハンマー』!」
両腕に爆裂魔法を宿し、渾身の力を込めて左右の拳を繰り出した。
――ズゥドォォォーーーーーーンッ!
これまでにない程の巨大な爆発音と黒煙が、魔王城を覆った。
そして暫くすると、黒煙が晴れ始め。
「ハァ、ハァ……! 見たかデュヴェルコードよ。私の、勝ちだ……!」
両腕が吹き飛んだ俺の前に、黒焦げになったドンワコードが仰向けの状態で現れた。
「ありがとう、ロース様……」
背後から届いた、デュヴェルコードの小さな声。
そんな震える声に、俺はソッと振り向き。
「お前の願い、キッチリ叶えてやったぞ。これでもう、コイツに臆する事はないだろう」
デュヴェルコードに向け、俺は優しく微笑んでみせた。
そんな矢先に、顔を俯かせたデュヴェルコードが俺へと駆け寄より、腹部にギュッとしがみ付いてきた。
そのままデュヴェルコードは俺の腹部に顔を埋め、安堵したかのように体重を預けてきた。
「はい、もう大丈夫です。ワガママを聞いてくださり、ありがとうございました。ロース様もご無事で何よりです」
「私はお前の魔王として、出来る事をしたまでだ」
「やはりロース様は、昔から変わりません。わたくしが弱さを見せた時、誰よりも頼もしい味方になってくれる。助け、守ってくれる。例え記憶を失われた今でも、その変わらない熱く優しいお気持ちが、わたくしは大好きです。
一族から否定された存在だったわたくしを助けてくれて、認めてくれて、尊重してくれて……。ありがとう、ロース様。普段の行いはアレですが、出会ったあの頃から今でも、ロース様はわたくしにとっての救世主、いえっ……」
言葉を途切れさせた途端、デュヴェルコードは顔を上げ、瞳に涙を溜めながら俺と目を合わせてきた。
そして、満面の笑みを浮かべ。
「――わたくしにとって、最高の悪魔です」
今なら理解できる。
この笑顔を見ていると、『悪魔』は魔族にとって、最高の褒め言葉なのだと……!