28話 少女心願1
ドンワコードの足止めをするべく、凄まじい勢いで駆け出したコジルド。
「身の程知らずのボケヴァンパイアが! 蹂躙されてーのか!」
ドンワコードも引けを取る事なく、コジルドを迎え討つ様子で突っ込んでいく。
「フハハッ! 分を弁えろ、知能の低そうなエルフめ! 貴様など取るに足りぬわ、『トゥレメンダス・ダークエクリプス』!」
「誰に口利いてんだボケが! 『トゥレメンダス・カオスフレア』!」
――ドォーーーン!
両者の放った上級魔法が激しくぶつかり合い、辺りに轟音が鳴り響く。
「よしっ、出だしは互角のようだ。時間稼ぎは頼むぞ、コジルド……!」
俺はコジルドたちの一撃目を見送ったところで、目的のデュヴェルコードに視線を向ける。
「デュヴェルコードよ、話がある。落ち着いて聞いてくれ」
「は、はい……」
デュヴェルコードは怯えた様子でドンワコードを見つめながら、弱々しい返事をしてきた。
そんな恐怖に満ちた視線を遮るように、俺はデュヴェルコードの目前へと移動する。
「デュヴェルコードよ、今はアイツらの戦いを気にするな。私の言葉……いや、私の心に集中するんだ」
「ロ、ロース様……」
「私はお前の過去を知った。そして、どれだけドンワコードに恐怖心を抱いているのかも理解した。前触れもなく突然ヤツが現れ、トラウマが蘇り、苦痛を味わった事だろう。
正直なところ、私だってお前と同じ境遇に置かれたら、同じように恐怖心を抱くに違いない。魔王である、私でもだ」
「ご尤もです」
「ごもっ……あぁそうだ。尤もだ」
予期せぬデュヴェルコードの肯定に、俺は思わず言葉に詰まった。
一応励ましの意を込め、『格上である魔王でも』と、引き合いに出したつもりなんだが。
こうも躊躇なく肯定されると、調子が狂うと言うか、説得力がなくなると言うか……。
こんな時くらい、素直に励まされろよ、ロリエルフ……!
「デュヴェルコードよ、私と一緒にドンワコードと戦い、自らの手でトラウマに打ち勝たないか?
アイツに恐怖心を抱いて当然だが、そこから一歩踏み出し、恐怖を打ち破れ。それが果たされた時、お前は更に強くなれるはずだ。私も力を貸す、だからお前も私に力を貸してくれ、デュヴェルコード。お前なら出来る。お前の方が、あの外道エルフよりも強いダークエルフのはずだ」
本音は秘策を温存するための共闘。だがこの子が前に進むためにも、ここで勇気を出してもらいたい。
「ロース様と、一緒に……」
デュヴェルコードは上目遣いで、俺の目を見つめてきた。
そんな時。
――ズザザザザッ……!
「む、無念である……」
全身ボロボロになったコジルドが、地面を這うように俺たちの前へと飛ばされてきた。
「コジルド、お前……」
「ち、違いますぞロース様。いや違わないけど!」
「どっちだよ、てかまだ何も言っていないだろ」
「インサルト……! ロース様、我は聞いていませんぞ。彼奴、あんなに頭悪そうなくせに、激強ではないですか」
プルプルと腕を震わせ、俺へと手を伸ばしながら泣き言を吐いてくるコジルド。
「だから全力でと言ったのだ。『軽くキリングタイム』などと大口を叩いておいて、逆に軽く捻られてどうする」
「あ、愛槍……我の愛槍さえあれば、あんな輩など容易く……!」
コジルドは両目から滝のような涙を流し、悔しそうに地面をガツガツと叩く。
「あんたね、天候のお膳立てまで受けたくせに、何よこの有様は。これなら掃除係のゴブリンが戦うのと大差ないわね」
地面に倒れ込むコジルドの背中を、グイグイとヒールで踏みつけるレアコード。
「レ、レアコードよ。さすがにゴブリンと同等は言い過ぎなんじゃ……」
俺はレアコードの刺々しい発言から、コジルドを庇った。
しかし、俺の心配とは裏腹に。
「よ、よくも我を詰りおって、この絶世の美女め。グフフ……」
レアコードに踏まれながら、コジルドはだらしない笑顔を浮かべていた。
「台無しだな、邪ヴァンパイア。せめて私と敵の前でくらい、その気持ち悪い笑顔は隠せよ」
「し、失礼しましたぞ。それよりロース様、考え直してくだされ。あの無礼なダークエルフは、我の想像を超えた戦闘力を持っていましたぞ。ロース様や側近小娘が束になって戦おうと、勝算は薄いと思われますぞ」
コジルドの忠告を受けるなり、俺はグッと拳を握り締め、数歩ほどドンワコードに向かい歩みを進めた。
そして魔王軍の最前で足を止め、皆に背を向けたまま空を見上げる。
「誰も敵わぬなら、この城の主が決着をつけるしかないだろ。1度はアイツに敗れ、今回も勝算は薄いが、私なりに足掻いてみせるさ……!」
「ロース様、無茶ですぞ……」
背後から、コジルドの不安げな声が聞こえてくる。
「無茶は承知の上だ。それより、お手柄だったぞコジルド。短時間ではあったが、十分な時間稼ぎだった。
あとは、お前たちの魔王である私の背中を見ていろ」
俺はドンワコードを視界に捉えながら、背後に控える皆に言葉を伝えていく。
「そしてデュヴェルコードよ、最後にお前の真意を聞かせてくれ。お前はどうしたい?」
「ロース様……」
デュヴェルコードは俺の背後から、ただ小さく名前を呼んできた。
「聞き方を変えよう。デュヴェルコード、私にどうして欲しいんだ?」
「無茶苦茶で、筋違いな願いだと承知しておりますが……勝って欲しいです。ドンワコードを、倒して欲しいです」
「やっと、素直な思いを申してくれたか」
「ドンワコードが現れて以来、わたくしは心の奥底で、ずっと密かにそれを望んでいたのかも知れません。逆境に負けない精神をお持ちのロース様なら、もしかしたらと……。
昔のわたくしを助けてくださったように、あの時の救世主のように……。か弱い少女のワガママとして、聞いてください」
少しの間を置き、背後からデュヴェルコードの啜り泣きが聞こえてきた。
「――ロース様。ドンワコードを、倒してっ……!」
今のひと言で、この子の願いで、俺は全てが吹っ切れた。
もはや1回限定も、温存も、一切考えない。
今こそこの子のために使ってやる。天界で女神エリシアから授かった、とっておきの秘策を!
「――絶対っ、任せろ!!!」
俺は天を向き、有りっ丈の声を周囲に轟かせた。




