27話 悪魔決戦1
玉座の間でのアクシデントを機に、医療エリアへと運び込まれたデュヴェルコード。
「だ、大丈夫か? デュヴェルコード」
俺は骨折の責任を感じながら、恐る恐るデュヴェルコードに声を掛ける。
「はい。若干の違和感はありますが、もう完治同然まで治りました。ご心配をお掛けしました」
デュヴェルコードは感触を確かめるように、右手をグーパーと小刻みに握ってみせた。
「すまなかったな、痛い思いをさせて。まさか武器を渡しただけで、ここまで大惨事になるとは……」
「どちらかと言うと痛い重いでしたが、お気になされないでください。誰かさんの不愉快な問診のお陰で、怒りが上書きされましたので」
「そうか……。良くはないが、一先ずは良かった」
俺は怒りの矛先がマッドドクトールに移った事を知り、顔に出さないよう安堵した。
デュヴェルコードが負傷した後、右手を派手に骨折した急患として、マッドドクトールに治療を依頼したのだが……。
「ウヒッ、ヒヒヒ。側近ちゃーん、そこまで怒る事ないでしょ。ウチがちゃんと治してあげたんだから、チャラにしてチャラに!」
指先よりも長い袖をプラプラと揺らしながら、おちゃらけた態度をみせるマッドドクトール。
そう、このマッドドクトールのせいで、デュヴェルコードの治療は暴動と波乱に満ちてしまったのだ。
「チャラにして欲しかったら、そのナメた態度と物言いを改めてください! 医者が患者に対して何ですか。『骨が小枝みたい』だの、『ロリサイズ』だのと! 終いには『グチャグチャした骨の配列ね、見る気も失せるブサイクな骨並び』って。グチャグチャなんて当たり前でしょ! 折れているのだから!」
当時の怒りを思い出すように、声を荒げてマッドドクトールを睨みつけるデュヴェルコード。
「側近ちゃん、怖ーい。でもウチからすれば、間抜けた怪我なんてして欲しくないかなー。ぶっちゃけ余計な治療が増えると手間だし、面倒だし、増してや急患だし。ストレスも感じちゃうのね。
患者の分際で、いちいち名医の言う事に癇癪とか起こさないで欲しいなぁー」
「何ですって、この藪名医! 誰に向かって口を利いているのですか!」
デュヴェルコードは勢いよく俺へと振り向き、力強い視線を送ってきた。
「ロース様っ! 先ほどのマジックメイスをお貸しください! 治りたてのこの右手で、ふざけた医者に引導を渡してやります!」
「いやっ、重たくて持てないだろ。また骨折する気か?」
怒りで冷静さを失ったデュヴェルコードに、俺は落ち着いて返答する。
「もぅ、まったく! 今日はなんて嫌な日ですか! ドンワコードは現れるし、右手の骨はへし折られるし、魔王城の医者は頭おかしいし!」
デュヴェルコードは頭を激しく掻きむしるなり、俺の胸元をポカポカと叩き始めた。
今、凄い語弊があったんだが。あれは不注意で起きた事故であり、間違っても右手をへし折った訳ではないんだが……!
「オーディエンス……! 見てられん、止めぬか小さき者よ。怒りをぶつける相手が違うであろうに。我らの魔王であらせられるロース様に向かって、無礼にもお子様パンチなど浴びせるで……」
「誰がお子様ですか! 『インパクト・ショックウェーブ』!」
コジルドの発言を遮り、手を翳しながら魔法を詠唱したデュヴェルコード。
すると翳した手の平に、魔法陣が出現し。
――ドンッ!
「ごへっ!!」
衝撃波のような目に見えない圧力で、コジルドを一瞬で医療エリアの壁へと吹っ飛ばした。
「――い、怒りをぶつける相手が違うであろうに……。何故いつも我ばかり……!」
コジルドは壁に張り付いたまま、力なく不満を漏らす。
コジルドには悪いが、勝手に八つ当たりを受けてくれて助かった……!
「デュヴェル、少しは気が晴れたかしら?」
吹っ飛んだコジルドに見向きもせず、デュヴェルコードに話しかけるレアコード。
「はい、レア姉。ちょっとだけ気持ちがスカッとしました。手頃なサンドバッグが居合わせてくれて、助かりました」
「ふふっ。たまには役に立つものね、あの害虫も」
「お、お前たち……。気が晴れたとはいえ、酷い言い様だな」
俺は気の毒なコジルドとダークエルフ姉妹を交互に見つめ、ひとつため息を吐いた。
そして暫く沈黙した後、俺はレアコードに視線を向け。
「レアコード、少しいいか? ふたりだけで話がしたい」
俺と目を合わせてきたレアコードに、対談を持ち掛けた。
「えっ! ロース様とレア姉が、おふたりだけで? 側近のわたくしは!?」
俺の提案に驚いたのか、デュヴェルコードはギョッと目を見開いた。
「そうだ。すまないがデュヴェルコード、今回はレアコードにだけ話がある。重要な話なんだ」
「そんなっ……レア姉! レア姉は嫌ですよね!? ロース様とふたりっきりで、お喋りなんて!」
どういう意味だ、その人聞きの悪い言い方は。お前はいつも、俺とふたりっきりで話しているだろ……!
まさか姉への嫉妬心から、焦りが生じたのだろうか?
「あたくしは構いませんわよ、ロース様」
「そうか。では場所を変えて、少しの時間だけ付き合ってくれ、レアコード」
俺とレアコードのやり取りを前に、デュヴェルコードは寂しそうな表情を向けてくる。
「そんな、ロース様……」
「すまない。短時間で戻って来るから、少しだけ待っていてくれ」
「か、かしこまりました……」
「待っている間に、デュヴェルコード。そしてマッドドクトール。お前たちに任務を与える」
「に、任務ですか?」
「ウヒッ、ヒヒヒ。ウチもですか?」
ふたりの視線が集まる最中、俺は壁際に指を差した。
「デュヴェルコード、お前はコジルドのぶつかった衝撃で壊れた壁を、元通りに直してくれ。そしてマッドドクトール、お前はあの壊れたヴァンパイアを、治してやってくれ」
「「は、はい」」
デュヴェルコードとマッドドクトールは、力なく同時に返事をした。
「宜しい。ただし、仲良くしろとは言わないが、喧嘩せずにだぞ。
それではレアコード、『テレポート』を頼む。取り敢えず私の寝室で」
俺が指示を出すなり、レアコードが冷たい目で睨んできた。
「取り敢えずで指定する場所ではないですわね、あたくしをベットにでも誘っているのかしら?」
「………………場所を変えよう、玉座の間にしてくれ」
これ以上の勘違いが起きないよう、俺は即座に玉座の間を指定した。
「かしこまりましたわ、『テレポート』」
レアコードが魔法を詠唱するなり、俺は静かに目を閉じた。
そして再び目を開けると、俺の視界に玉座の間の光景が広がった。
「それで、態々ふたりきりになってまで、何のお話かしら?」
玉座の間に着くなり俺と正面で向き合い、小さく首を傾げながら質問してきたレアコード。
「酷な願いだという事は承知しているが、頼みがある。ドンワコード、つまりお前とデュヴェルコードの従兄弟が再び攻めて来た時、私とふたりで共闘して欲しい。お前の足を引っ張るような事はしない。頼む、私に力を貸してくれ」
「足を引っ張らない……本当かしら」
浮かない表情を浮かべるレアコードに、俺は静かに力強い視線を向ける。
「――同じドジは踏まない。私には、秘策がある……!」