26話 少女秘話5
幼少期、オッドアイが原因でダークエルフ族から爪弾きにされていたと、自ら明かしたデュヴェルコード。
「――全ての不幸は、ここから始まっていきました……!」
語るに連れ重みを増していく話に、俺は唾すら呑めず沈黙する。
「デュヴェル、大丈夫?」
「はい、レア姉……。話していくうちに、トラウマが蘇ってきて」
「苦しかったら、日を改めてもいいのよ」
「いいえ、まだ頑張れます。ロース様には、お伝えしておきたいのです」
胸に手を当て落ち着こうとするデュヴェルコードを、心配そうに見つめるレアコード。
そんな時。
「アシスト……! 小さき者よ、我がひと肌脱いでやるぞ」
何を思い立ったのか、突然コジルドがデュヴェルコードに向け手を翳した。
「え、コジルドさん? いったい何を……」
「案ずるな、貴様から負の感情を取り除く。『マインド・ハイエナジー』」
間髪入れず、コジルドは活気魔法を唱えた。
「あっ……あぁぁぁーーーっ!!」
すると魔法を掛けられたデュヴェルコードが、両手をグッと握り締め、力強いガッツポーズを取り始める。
「やる気が、力が、漲ってくる……! 闘争心が、敢闘精神が、攻撃意欲が、動悸が……! 血が、血が巡る、血が騒ぐ……!」
「フハハッ。成功であるな、血気盛んで何より。これで心置きなく、続きを話せ……」
「何が心置きなくだっ、コジルド! あれだけ邪魔をするなと警告したのに、何やってんだ!」
俺はしてやったりな態度のコジルドを、無理やり遮った。
「なっ……! いや我は、この小娘に活気がないと悟り、良かれと思って」
「この展開で、活気なんてあって堪るか! デュヴェルコードを見ろ、こんなバイタリティに満ちた状態で、シリアスな過去を語れる訳がないだろ! もはやドーピングじゃないか!」
デュヴェルコードを見ると、元気潑溂を通り越し、ガッツポーズのまま過呼吸になっていた。
悲しみを取り除こうとしたのはいいが、そこはせめてリラクゼーション的な魔法を唱えるだろ、普通。何て場違いな魔法をチョイスしてんだ、コジルド……!
「いいから早く元に戻せ、コジルド!」
「は、はいっ、直ちに」
俺が怒声を放つなり、コジルドは翳した手を下ろした。
すると魔法の効力が失われたのか、ガッツポーズで過呼吸をしていたデュヴェルコードが、忽ち非力な猫背へと変貌する。
まるで圧縮されていく羽毛布団のように、体が縮こまったな……!
「デュヴェルコードよ、大丈夫か? レアコードの言う通り、本当に時を改めてもいいのだぞ」
「い、いいえ。ご心配をおかけしました、大丈夫です。続けさせてください」
デュヴェルコードは再び祈るように両手を胸の前で組み、静かに目を閉じる。
「話の腰を折ってしまい、申し訳ありません。では続きを始めます。わたくしがこのオッドアイを授かった事で……」
先ほどと同じ立ち位置のまま、デュヴェルコードは過去の話を再開させた。俺の隣で、溢れんばかりの殺気をレアコードが漂わせる中で……。
どうやら大切な妹に対するコジルドの行いが、姉の怒りゲージを引き上げたようだ。
ふたりの間に挟まれた俺が、1番緊張するんだが。
頼むから、2度と余計なマネはするんじゃないぞ、コジルド……!
「わたくしがこのオッドアイを授かった事で、負の連鎖が始まりました。本来ダークエルフが持つはずもない、闇魔法の天敵。聖魔法の才能を示す、忌まわしきこの片目。そんなオッドアイを授かり生まれてきた事で、不幸な人生が始まってしまいました。
前例はあったようですが、極めて稀な事態。しかもそれが、長の子であった故に、族内は大騒ぎとなりました」
デュヴェルコードは顔を俯かせながら、ゆっくりと悲しい声色で語っていく。
「聖魔法の可能性が族内に出現した場合、通例では追放。もしくは厳重な監視下での監禁と聞いた事があります。しかし長であった父、レヴェルコードは皆の反対を押し切り、わたくしをひとりのダークエルフとして育て、共に普通の生活を送らせると豪語したそうです。
望んで手にした才能でもない、ただ生まれ持っただけ。わたくしには何の非もないはずなのに、同族は異質を快く思ってはくれませんでした。でも当然ですよね……! 同族たちからすれば、長である父の身勝手で、娘のために掟を変えてしまったのですから。
長の決定に納得がいかなかった皆は、拒絶と嫌味の意味を込めて、その日からわたくしを『光の魔女』と呼び始めました」
「光の、魔女……」
そう言えば、ドンワコードもその別称を口にしていた気がする。
占い師のお告げによれば、現時点でダークエルフ最強の者は、かつて『光の魔女』と呼ばれた者だと。
「はい。ダークエルフにとって、それはそれは不名誉な通り名をつけられたものです。他にも、『紛い者』『出来損ない』『雑種』『バカ』などなど……。
わたくしの心は傷つきました。中でも最後の『バカ』なんて、知能レベルの類いであって、オッドアイ関係ないし」
「た、確かに。まるで子供の悪口だな……」
「わたくしが普段から『パカ』と使うのは、そのせいです。低レベルなあだ名ですが、自分が呼ばれていた不名誉なあだ名なんて、口にしたくありませんから」
涙を堪え切れなかったのか、黄色の片目から一粒の滴を落としたデュヴェルコード。
てっきりキャラ作りのための口癖かと思っていたが、そんな苦難の末に生まれた言葉だったのか……!
「家を1歩出るだけで、同族のヒソヒソと呟く通り名が聞こえ、軽蔑されるような視線を向けられてきました。
わたくしはこの瞳を、この才を、人生を、心底嫌いました。憎みました」
「デュヴェルコード……」
俺は胸が締めつけられる感覚になり、グッと拳を握った。
「――しかし、いつでもわたくしの味方で居続け、心の支えになった人がいました」
突然デュヴェルコードは顔を上げ、ゆっくりとある方向へ手を翳した。
「それは今も一緒に居てくれる、最愛の姉……レア姉です」
デュヴェルコードは目を細めながら、レアコードに感謝を伝えるように優しく微笑んだ。




