26話 少女秘話2
復活して間もなく、俺は突如として溺水に見舞われた。
「デュヴェルコードよ、説明してくれるのは嬉しいが、まずはこっちへ来てくれ。そこに居ては、ボヤけて姿が見えないぞ」
「か、かしこまりました」
溺水に至った経緯を説明するため、ブルースライムの背後から移動を始めたデュヴェルコード。
ブルースライムの半透明なボディ越しに、小さなシルエットが俺の方へと近づいて来る。
「ロース様、まずはご復活、おめでとうございます。ご無事で何よりです」
俺の前まで歩み寄るなり、軽くお辞儀をしてきたデュヴェルコード。
そんなデュヴェルコードを前に、俺はその場で立ち上がった。
「良かった、本物のデュヴェルコードだったようだな。スライム越しだと、ボヤボヤと見えて認識し辛かったぞ」
「それは失礼致しました。しかしボヤけていても尚、わたくしと判別できるとは、我ながら驚きました」
「んっ、我ながら? ただ単に聴き慣れた声で……」
「全く、可愛いとは罪なものです……!」
「はぇっ?」
俺の意見などお構いなしに、突然デュヴェルコードが的外れな語りを始めた。
「スライム越しのシルエットですら、わたくしと気付かれてしまうなんて。それ程までに、美少女の貫禄があったようですね。
濁ったモンスターを通しても尚、隠れてくれない罪作りなオーラ……困ったものです」
「ど、どうした急に、らしくないぞ。ついでに本人を目の前にして、『濁ったモンスター』は止めてやれ」
俺は唐突なデュヴェルコードの慢心に、目が点になってしまった。
普段から、魔法に関する自己過大はよく耳にするが、この子が容姿について思い上がるのは珍しい。
悪びれる様子もなく、他者を引き立て役にする口振りは、いつも通りだが……!
「らしくない? ロース様はシルエットだけで、わたくしだとお気付きになられたのでしょ?」
「んー、甚だしい程の勘違いだな。誰もそこまで言っていないぞ。声で分かっただけだ」
何なら見た目だけで言うと、モザイクを掛けられた犯人映像みたいだったし……!
「そうですか、ではわたくしの美しい声でお気付きになられた事にしておきましょう」
「も、もぅ……それでいいぞ。早く経緯を話してくれ」
俺は茶番に付き合い切れず、力なく肩を落とした。
「は、はい。ロース様が溺水という惨事に見舞われたのは、ほんの些細な目論見が原因です。それは何気ない好意と敬意から企てられた、癒し計画でしたのに……」
なぜか悔しそうに拳を握り、顔を上に向けたデュヴェルコード。
「わたくしの蘇生魔法で復活なさるのなら、最高に心地良いお目覚めになればいいなと考えました。そこで、わたくしの指示でロース様をこのスライムの上に乗せて、蘇生魔法を唱えるという運びとなったのです。
ご復活した瞬間、ウォーターベッドの上にいるような夢見心地を、味わって欲しかったのです。しかし……」
「しかし、なんだ……?」
俺はオチの見え始めた話に、ゴクリと唾を呑み込んだ。
「筋肉まみれの超重量ボディに耐え切れなかったのか、上に乗せたロース様の体が、少しずつスライムの中に沈んでいったのです」
「おいっ……何やってんだ」
俺は相変わらずの愚かさ加減に、顔を引き攣らせる。
事の発端を辿れば、この子はモザイクなど関係なく、ちゃんと犯人だった……!
「本当に何やってんだ。危うく復活直後に、最速の死を迎えるところだったぞ」
「ごめんなさいです、ロース様。もっと僕が耐え抜いて支えていれば……」
表情は変わらないが、ブルースライムは落ち込んだ声色で謝罪をしてきた。
「全くですよ、この貧弱スライム! わたくしの指示通り、ちゃんとロース様を支えていれば、こんな惨事に至らなかったのに!
もっとロース様を見習って、鍛えてきなさい! 筋肉とか!」
罪の意識がまるでない様子で、ブルースライムを悪者に仕立て上げていく、主犯のデュヴェルコード。
普通に考えると、スライムに筋トレは無理だと思うが……!
「うぅ……頑張ります。でも自分の中に魔王が沈んでいく感覚は、何とも言えないゾクゾクとハラハラでした。
普通は味わえませんよ、魔王が生きたまま腸まで届く体験なんて」
コイツ……!
スライムのくせに、魔王をヨーグルトみたいな扱いするなよ……!
「ま、まぁ……お前たちの好意は受け取っておくが、次からは気を付けてくれよ」
「はい。わたくしからも、このバカ弱スライムに、よーくよーく言い聞かせておきます」
デュヴェルコードはセカセカと、俺に連続で頭を下げてきた。
何を突然、図々しくも上司ヅラしてんだ。俺はほぼ、お前に向けて言ったんだよ……!
「それより、デュヴェルコードよ。あの後ドンワコードはどうした?」
俺がドンワコードの名を出した途端、デュヴェルコードの表情が曇り、軽く俯いてしまった。
「か、帰りました……」
「帰った、のか?」
「はい。ロース様が敗北なさる直前に、わたくしは指示通り安全な場所へ身を隠しました。そしてドンワコードが、魔王城全域に響き渡るほどの大声で、メッセージを残しました。『大量消費した魔力を回復させるため、1度出直してくるが、俺様は諦めない。必ずデュヴェルコードに引導を渡し、俺様の目的を果たしてやる』と……」
「また来る、か……」
俺はあの時の敗北を思い出し、握り締めた拳にグッと力が入った。
「そして、こうも叫んでおりました。『コイツも魔王だけあって雑魚ではなかったが、死ぬ間際の顔だけは誰よりも雑魚顔だった』と……」
「おい……。それは別に、今報告する必要ないだろ。むしろ隠しておけよ」
「し、失礼致しました。加えて、申し訳ありません、ロース様。わたくしは恐怖から足が竦み、加勢は疎か、弱った敵に追撃を仕掛ける事すらできませんでした」
「それはいい、仕方のない事だと私は捉えている。しかし今だから聞くが、何故そんなにドンワコードが怖いのだ?
アイツも言っていただろ。今のところダークエルフ最強の者はお前だと、お告げがあったって。それでも恐怖心を抱くほど、昔アイツと何かあったのか?」
俺が問いかけるなり、デュヴェルコードは涙を拭う様子で、俯いたまま目元に指を添えた。
「――ちょっとだけ、重たい話になります」
声を震わせ、か弱い声量で伝えてきたデュヴェルコード。
「えっ……」
俺は余りの温度差に、思わず固まってしまった。
何気なく問いかけたが、実はこの子にとって、かなりデリケートな問題だったのかもしれない。
「わたくしの、過去のお話……。つまり、この魔王城に来る前のお話です」
依然としてデュヴェルコードは声を震わせながら、ゆっくりと俺に背を向けた。
そんなデュヴェルコードの様子を目にし……。
「皆の者、席を外してくれ」
俺は周囲に向け手を翳し、ここに居る魔族たちに退出するよう指示を出した。




