25話 極魔奮闘6
俺がドンワコーに敗れた後、魔王城が大変な事態に陥っていると告げてきたエリシア。
「魔王城が大変って。いったい今、何が起こっているのですか!」
そんな気が焦る情報を提供された俺は、慌ててエリシアに顔を近づけ質問した。
「ちょっと、近い! ゼロ距離で見る魔王の迫力とか、軽くホラーなんですけど!」
「それより早く、魔王城の現状を詳しく!」
「そんなに知りたかったら、まずは離れなさい! 美しい私の顔に、怪物顔がうつっちゃうでしょ!」
エリシアは視線を横に逸らし、鼻を摘みながらシッシと片手でゼスチャーしてくる。
「顔はうつらない……って、誰が怪物顔ですか。離れるので、その鼻摘みは止めてください。別に臭くはないでしょ」
俺はエリシアから距離を取るため、後方へと歩いて戻った。
「んーっ、何だか嫌な距離感ね、もう少し離れてもらえる?」
「いやいや、ここ元の位置ですよ。何で今更、嫌な距離感って気付いたんですか。今回も前回も、ずっとこの距離で会話してたでしょ」
「新しい発見って、案外身近なところに潜んでいるものよ」
エリシアは人差し指をピンッと立て、軽い前屈みでウィンクしてきた。
何だよ、そのちょっとしたコツを教える時の仕草。嫌な距離感を訴えてきた人がするウィンクじゃないだろ……!
「そ、それより早く、魔王城で何が起こっているのか教えてください。大変な事って、いったい何ですか?」
「分かりました。しかし一応確認しておきます、本当に聞く覚悟はありますか? 例えそれが、酷い事実でも」
「当たり前です! まさか俺が敗れたせいで、デュヴェルコードがピンチに陥っているとか。それとも、ドンワコードが魔王城に破壊工作を仕掛け始めたとか」
「いいえ。あの子は無事ですし、ドンワコードによる破壊も戦闘も起きていません。なぜか姿も見当たらないし、帰ったのかしら」
「そ、そうですか……少しホッとしました」
俺は安堵し、手の平で軽く胸を撫で下ろす。
てっきりドンワコードが暴走して、ヤツの目的だったデュヴェルコードの抹殺に踏み出したのかと思った。
「あの子でしたら、漆黒の隕石が墜落する前に、キッチリと避難していましたよ。きっと『最悪の場合』が訪れたと察して、その場から離れたのでしょうね。あなたを置き去りにして、真っ先に」
「………………ま、まぁ。そう命じたのは俺ですし、仕方ありませんが」
最後のひと言は余計だろ。先ほどまで、他人のために吐く嘘も必要とか言っていたのは誰だよ……!
「でも大変な事になっているのは本当です。その問題は、あなた……いいえ、魔王ロースの亡骸の方です」
「はぇっ?」
「デュヴェルコードはバラバラになった魔王の亡骸を運ぶため、ある者に協力を仰ぎました。コジルドという名のヴァンパイアです」
「な、何だか嫌な予感が……」
「コジルドは自分の出番だと言わんばかりに、張り切って現場へと向かい、棺に魔王ロースのバラバラになった亡骸を詰め込んでいったわ。
まるで遠足の準備に没頭する、無邪気な子供のようにね」
あの厨二野郎、またかよ……!
前回も張り切っていたと告げ口があったな、生き返ったら覚えとけよ……!
「そ、それからどうなったのですか?」
知らない方が幸せな事実が待っているかもしれないが、ここまで聞いて後に引けなくなった俺は、恐る恐るエリシアに続きを聞いてみた。
「恐らくデュヴェルコードは、バラバラのままでは蘇生できないと判断したのでしょう。亡骸を詰め込んだ棺を、医療エリアに運び込みましたよ」
「そ、そこは賢明な判断ですね」
「そして運び込まれたバラバラの亡骸を、マッドドクトールという名のキメラクイーンが、繋ぎ合わせている最中です。しかし……」
「しかし? しかし何ですか」
「マッドドクトールが繋ぎ合わせを始めて間もなく、大きな問題が発生したようです。それは魔王ロースの体を、顔を、正確に覚えている者が居なかった事です。
現在、魔王城に居る魔族総動員で、魔王ロースの体を並べては悩んで、並べては悩んでを真剣に繰り返しています。まるで福笑いですね」
「えぇ……。悲しすぎるでしょ、その現実。どんな顔だったか、ボンヤリとしか覚えられていない上に、配下には福笑い的なおもちゃにされて……」
「少しお待ちを、近況報告……」
エリシアは静かに目を閉じ、俺に待つよう指示する様子で、手を翳してきた。
女神とは、目を閉じるだけで下界の様子が覗けるのだろうか……?
「今……プフッ、すっごい顔……」
目を閉じたまま、ひとり呟きながら笑いを堪えるエリシア。
「ちょっと、今なんて?」
「何でもありません。魔王ロースの体は、正常に戻りつつありますよ」
「では今の『プフッ』って何ですか、誤魔化しきれていませんよ。まさかそれも、他人のために吐く嘘ですか?」
「はい、そうです」
エリシアは途端に目を開き、真顔で軽く首を傾げながらジッと俺を見つめてきた。
「………………要するに、今ヤバい顔に修復されているんですね」
先ほどもあったが、他人のために吐く嘘なら、嘘を通し切れよ。何を躊躇いもなく、『当たり前でしょ?』って表情してんだ……!
「ハイッ! 楽しい近況報告はここまで、それでは本題に入ります!」
突然エリシアは、雰囲気を変えるようにパンッとひとつ手を叩いた。
「俺は全く楽しくなかったんですが……」
「こらっ、そこ! 無駄口を叩かない! もう間もなく、マッドドクトールが魔王ロースの体を修復し終わります。そうすれば、デュヴェルコードが蘇生魔法であなたを復活させる事でしょう。グダグダと与太話をしている場合ではありません!」
「グダグダって……まぁいいです」
「流崎亮さん、あなたはドンワコードにリベンジする気でいますか?」
俺はドンワコードの名前に反応し、グッと拳を握り締める。
「決まっていますよ。アイツだけは絶対許せない」
「そうですか。ではそんな流崎亮さんに……」
エリシアはソッと目を閉じ、柔らかな光に包まれながら俺に両手を広げてきた。
「――今回も特別な力、『復活トクテン』を授けましょう」




