25話 極魔奮闘1
――俺は、アイツを許さない。
「ロース様、お願いですから考え直して……」
「心配するな。勝てる見込みは薄いが、それでも負ける気はない。大切な側近が泣かされて、黙って見ている魔王ではないぞ。
私ひとりであろうと、あの最低最悪なダークエルフをブッ飛ばしてやる……!」
デュヴェルコードの父親を手に掛け、剰えこの子の命まで奪おうとするドンワコード。
私情のために外道の限りを尽くす、この下衆野郎を、俺は絶対許さない……!
覚悟など決めず、俺は溢れる怒りと正義感を原動力に、ドンワコードへと近づいていく。
「魔王ってのは、噂以上のバカだったらしいな。お前みたいな脳筋が、俺様をブッ飛ばすだと? 本気か?」
「そうだ……! お前のような外道に、もはや容赦などしないからな」
「ガハハハッ! バカは休み休み言え。お前が俺様に勝てる可能性なんて、微塵もねーぞ!」
「それを言うなら、『バカも休み休み言え』だろ。力を求めて鍛錬したと言っていたが、頭の鍛錬はしてこなかったようだな」
「…………ぁああーーっ!? もう決めた、蹂躙だ! 蹂躙決定だ!」
ずっと地べたに胡坐をかいていたドンワコードだったが、俺の煽りに反応し、地面を殴りながらその場に立ち上がった。
その後、闇に満ちたような禍々しいオーラを、全身から漂わせ始める。
「なんて、不気味なオーラだ……」
深みのある闇々しいオーラが、俺の不安を掻き立ててくる。
そもそも、何で闇を語るようなヤツばかり、目に見えるオーラが出るんだ? この異世界では、そう言った類いのキャラ補正でもあるのか……?
「さぁ、蹂躙開始だ。肉片ひとつ残さねーからな、ボケが」
ドンワコードは胸の前で右手を握り締め、透かさず手の平を俺へと翳してきた。
「トゥレメンダス・ダークライトニ……」
ドンワコードが魔法の詠唱を始めるなり、翳された手の平に魔法陣が出現していく。
しかし、魔法の詠唱が終わるより早く。
「させるか! 『フロート』!」
俺はドンワコードより早く、浮遊魔法を唱えた。
俺も無策で挑んだわけではない。覚えたてのコンボ技で隙を作り、絶え間なく全力の連打を浴びせてやる……!
「はっ? 下級魔法だ?」
手の平に魔法陣を出現させたまま、気に食わない様子で首を傾げたドンワコード。
俺は先ほど、デュヴェルコードに語りかけるため、あの子の前に腰を落とした。その際、前もってある物を拾い上げ、ずっと右手の内に隠し持っていた。
それは俺の墜落により地割れを起こして出来た、地面の破片。野球ボールほどの大きさに欠けていた石ころに、浮遊魔法を掛けたのだ。
「食らえ、ドンワコード! 魔球『どストレート』!」
俺は一時的に重力を失わせた石ころを握り締め、素早く投球モーションに入る。
そしてドンワコードに狙いを定め、全力で放り投げた。
――バリンッ!
まるでガラスが割れ散るように、ドンワコードの魔法陣が消失。
「ぐっ……いってーな、ボケが!」
俺の投げた石ころは、初球から見事にドンワコードの右手を捉えていた。
激痛に耐える様子で、ドンワコードは『どストレート』をモロに受けた右手を庇いながら、片膝を地面につく。
「魔法陣って、割れるんだな……!」
予想だにしなかった現象を目の当たりにし、俺は思わず目を見開いた。
まるで隣家の窓ガラスを暴投で割ってしまい、家主に激怒されているようだな……!
しかし、悠長に連想してもいられない。
「追撃するなら、今しかない!」
ドンワコードの怯んだ隙を見計らい、俺は全力で駆け出し、一気に距離を詰めた。
「ボケが、ボケがーっ! 『ボディ・リーンフォースメント』! 『フィジカルアビリティライズ』!」
俺の追撃を悟ったのか、ドンワコードは鋭い睨みを利かせ、早口で支援魔法を唱える。
だが俺は躊躇う事なく間合いに飛び込み、力の限りを込めた拳打を繰り出した。
しかし間一髪のところで、ドンワコードは無傷の左手で俺の拳打を捌いた。
「まだまだ! フルスロットルでいくぞ!」
防がれた一撃で止まらず、俺は両腕を駆使して、次々に拳打の応酬を繰り出していく。
「クッソ、しつけーんだよ魔王!」
巧みな受け流しで猛攻を防がれるも、相手の防御は左手1本。
絶え間なく両腕で繰り出す俺の拳は、低確率でドンワコードの体にヒットしていく。
肉体強化により硬度を増したボディだが、ドンワコードのガードをすり抜ける俺の拳は、確実にダメージを与えているに違いない。
そして、ついに。
――ガシッ……!
「捕まえたぞ、外道エルフ!」
俺は咄嗟に拳打のフェイクを入れ、右手でドンワコードの左手首をガッチリと掴んだ。
「放せよ! 薄汚い手で触るな!」
「汚いのは、お前の心だろ!」
防御の要であったドンワコードの左手を封じたまま、俺は素早く左腕を振り被り……。
「強制カウンターを味わわせてやる。『アトラクション』!」
引力魔法を唱えると同時に、左の拳を全力で突き出した。
すると『アトラクション』で引き付けたドンワコードの顔面が、全力で突き出した俺の左拳に、吸い寄せられるように向かってきた。
そして突き出した左拳は、瞬く間にドンワコードの顔面を捉え、そのまま俺は力任せに左腕を振り切った。
――ドゴォン!
広場の先にある城壁から、衝撃音と振動が伝わってくる。
痛烈な一撃を食らったドンワコードは、凄まじい勢いで城壁まで飛んでいった。
「ハァ、ハァ……どうだ。側近の悲しみを肩代わりした、魔王の本気パンチは……!」
俺は両手を膝につき、地面に向け荒息を吐く。
――宣言通り、俺はデュヴェルコードの手を借りもせず、ドンワコードをブッ飛ばした……!




