24話 無情悪魔7
「スッ込んでろ、部外者が! 『トゥレメンダス・フレアバースト』!」
デュヴェルコードを庇う俺に向け、魔法を詠唱したドンワコード。
俺に翳された右手の平に、燃えるように真っ赤な魔法陣が出現する。
「あの魔法は……って、いきなり過ぎるだろ!」
俺は1度、この魔法を勇者ンーディオから受けた事がある。内臓まで焦げるような、あの高威力の魔法を……。
トラウマ級の激しい威力を思い出した俺は、咄嗟に両腕を顔の前でクロスさせ、防御の体勢を取る。
一撃食らえば俺の持つスキルが発動し、強制的に体力が残り僅かとなるため、実際は無意味なガードだ。だがどうしても、防衛本能が優ってしまう。
「邪魔立てすんじゃねー、ボケが!」
――ドォーーーンッ!
ドンワコードの放った爆発魔法により、たちまち寝室は強い閃光と爆音に包まれた。
「…………あれっ? 痛くない」
激しい爆発が治まるなり、俺はクロスした両腕を下ろし、自分の状態を確認してみる。
「ノーダメージなんだが……」
至近距離で上級魔法を受けたはずなのに、なぜか俺の体は無傷だった。
何が起きたのか理解できないまま、俺は視線を正面に戻す。
「これは、結晶の壁?」
見ると俺の前に、『クリスタルウォール』が出現していた。
「デュヴェルコードよ。まさかお前が」
「はい、間一髪でした」
振り返ると、デュヴェルコードは依然として体を震わせながら、こちらに向け手を翳していた。
「た、助かったぞ、デュヴェルコード。震えて動けないお前を庇って、思わず前衛に回ろうと飛び出してしまったが、きっと私ひとりでは防ぎ切れなかった」
「そ、そうですね」
「あぁ。危うくふたり共、爆発で吹っ飛ぶところだった。アイツみたいに……」
俺は再び、クリスタルウォールの方へ視線を向ける。
爆発魔法により、半壊してしまった寝室。
見る影もないほど破損し、四方に散乱してしまった家具たち。
隙間なく立ち込める煙。
そして自分で魔法を放ったにも関わらず、寝室の壁まで吹き飛ばされた、黒焦げのドンワコード……。
クリスタルウォールの内側が無事である状況から察するに、爆発魔法がその身に全て跳ね返ったのだろう。
まるで天国と地獄の境目に立っているような光景だな……!
「デュヴェルコードよ、もうクリスタルウォールを解いて大丈夫だろう。立てそうか?」
俺は振り返り、デュヴェルコードにスッと手を差し出した。
「は、はい。ご足労おかけします」
デュヴェルコードは力なく返答し、俺の手を掴みながらその場に立ち上がる。
そしてクリスタルウォールは解除され、天国と地獄がひとつの寝室として再構築された。
「あれは、瀕死か? 自らの魔法でくたばったのか?」
「いいえ、そんなはずはありません。ドンワコードとは、恐ろしく強いダークエルフのひとりですから」
「お、お前が言うほどにか……」
俺はデュヴェルコードの説明に、少し顔が引き攣る。
いつものこの子なら、『まぁ、わたくしの方が強いですが』と、いちいち余計な補足を入れて、唯我独尊を決め込むはずなのに。
素直に強者と認めるほど、この黒焦げダークエルフは屈強なのか……!
ドンワコードという存在に、俺の不安が募り始めた。
そんな時。
「――なぁ、デュヴェルコード。お前いつからそんな偉くなったんだ、ボケが」
グッタリと座り込んでいたドンワコードが、突然語りかけてきた。
「え、偉くなったなんて、わたくしはそんな事……」
「俺様も、下に見られたもんだなー」
透かさずドンワコードは顔を上げ、恐怖を覚えるような悍ましい笑顔を向けてきた。
「お前が認めるほどに、俺様が強いだと? ガハハハッ、随分と調子付いたもんだ! いったい何様だ、何様目線だ!
昔は俺様に刃向かう事すら出来なかった、弱虫エルフのくせによ!」
「わたくしは、わたくしは……」
言葉に詰まりながら、俺の後ろにソッと身を隠し始めたデュヴェルコード。
そんな小動物のように怯える姿を、目の当たりにした俺は……。
「いい加減にしろ、この性悪エルフが」
ドンワコードの謗言を止めようと、横槍を入れた。
「…………デュヴェルコードよ、そのまま聞け。万が一の時は、治癒魔法を頼む」
「えっ、それって」
俺はデュヴェルコードに背を向けたまま、小さな声で指示を言い残し、ゆっくりとドンワコードに歩みを寄せ始めた。
いつもは振り回されてばかりだが、この子のこんな苦悩し怯えた顔なんて、これ以上見たくない……!
「ドンワコードとやら、その無礼な口を閉じろ。お前たちの間に、どんな因縁や関係があるのかは知らない。だがデュヴェルコードはな、今は私の側近だ。
敵意を向け、私の側近を困らせるのなら、例え同じ魔族であっても容赦はしないぞ」
「おいおい、また部外者が乱入か? 随分とお涙な展開だなー」
ドンワコードはゆっくりと立ち上がり、数歩ほど前進したところで足を止めた。
「何がお涙だ。大切な側近をコケにされて、黙っていられる訳がないだろ」
「ヒーロー気取りなら止めとけ。お前じゃ俺様の相手にならねー、来るなら蹂躙するぞ」
「先ほどから、『蹂躙』『蹂躙』って、お前のお気に入りワードか? それとも……! ただのレパートリー不足か!!」
俺は拳を握り締め、ドンワコードに向け一気に加速した。
相手はデュヴェルコードと同じダークエルフにして、上級魔法の使い手。初手から上級魔法を躊躇なくブッ放して来たところを見るに、戦闘スタイルは魔法がメインだろう。
ならば、強弱関係なく一撃を食らったら致命傷になる俺が、取るべき戦法は……。
「歯ぁ食いしばれ、ドンワコード!」
どんな強力な一撃を食らおうと、ニ撃目がくる前に全力の殴打を決めるだけだ。
間合いに入った俺は腕を振り被り、間髪入れずにドンワコードの顔面を目掛け、拳を繰り出した。
しかし……。
――ガシッ。
「魔法を、使わない……!?」
打ち出した俺の右腕は、ドンワコードの両手に容易く捕まった。
そして。
「噂通りの雑頭だな、魔王」
「せ、背負い投げ……?」
ドンワコードはまるで黒帯の持ち主のように、俺の攻撃を易々と捌きながら、俺の体を背中に引き寄せた。
重心のコントロールを奪われた俺は、抗う隙もなく華麗に背負われ。
「『ウィンド・ブースト』!」
ドンワコードの突風魔法に煽られながら、ジェット気流のように窓の外へと投げ飛ばされた……!




