24話 無情悪魔1
――俺は逃してしまった。
勇者パーティのメンバーであるふたりを討ち取る、絶好の機会を……!
敵が揃えた千を越える軍勢を全滅させ、不意打ちを食らうも形勢を逆転させる事ができたのに。
後1歩のところで、敵を逃してしまった。
「何て、後味の悪さだ……!」
敵の襲撃後に残ったのは、倒れた騎士たちの亡骸と、半壊した城内のエントランス。
半壊に関しては、主にコジルドの暴走が原因だろうが……。
そしてイマシエルが去り際に残した、意味深なひと言。
『――いい事を知れたよ、魔族共。そして特に、脳筋ロースからはね』
いったい、俺から何を知れたと言うのだ。新たに明かした魔法の事か? それとも俺の持つ、ネタスキルの事か?
しかし魔法は堂々と使用したものの、スキルは公にしたつもりはない。
スキル『プレンティ・オブ・ガッツ』が思わぬ粗相で発動してしまい、体力が残り僅かにはなったが、あの時は必死に隠し通せたはず。バレたとは考えにくい。
「それに真の目的は、敵にとって最も厄介な存在の暗殺だったし……」
俺は蚊の鳴くような声で、ボソボソと独り言を呟く。
「ん? ロース様?」
微かに独り言が聞こえたのか、デュヴェルコードは俺の顔を覗き込んできた。
俺はそんな呼びかけに、ふとデュヴェルコードへ視線を向ける。
そう、敵にとって最も厄介な存在の暗殺、その標的はこの子だ。
「いや、何でもない。独り言だ」
俺は簡単な返事の後、正門の外に視線を戻し、真っ直ぐ遠くを見つめた。
定石通りに考えると、勇者ンーディオにとって最終的な討伐ターゲットは、魔王である俺だろう。
しかし実際には、魔王よりも側近の方が討伐の優先度が高いと見抜かれている。
なぜならこの子は、能力だけで見れば逸材だから。
戦力としても、サポートとしても、魔法なら右に出る者がいない程の天才だ。
特に、魔族では稀だと言う、蘇生魔法を使える。
そんな力を持つ側近なら、暗殺を企てられても不思議ではない。
恐らく俺が勇者でも、同じ事を考えるだろう。
――この子の討伐は、言わばボス戦の解放クエストに等しい……!
今後もこの子が狙われるのは明白、どうにか対応策を練っておかなければ。万が一にでもこの子がやられたら、魔族が滅びてしまう。
そんな事になれば、天界で女神エリシアに告げられた、俺への特別な報酬も頂けない事に……。
「いや、何考えてんだ……」
俺は自分の愚かさに、思わず声が漏れた。
報酬のためだなんて、何考えてんだ、俺。
滅びたら、コイツら魔族たちはどうなる……!
マトモなヤツなどいない、難癖だらけの魔族たちだが、滅んでいいはずがない。
特別な報酬のためより、コイツらのために、コイツらを守ってやりたい。俺の中にある正義感が、そう強く訴えかけてくる……!
「ロース様? 本当にいかがなさいました?」
「あ、いやっ……」
「先ほどからボーッと外を見つめられて、ボソボソと呟かれて……って、まさか!」
デュヴェルコードは俺の表情から何かを汲み取った様子で、ポンッとひとつ手を打った。
「お察ししましたよ、ロース様! 先ほど、わたくしが敵の軍勢を一撃で全滅させた魔法、『トゥレメンダス・サンダーストーム』の威力に感銘を受けて、その光景を思い出されていたのですね! あのド派手な殺風景が、脳裏に焼き付いていたのですね!」
「いやぁ……違うんだが。それに、殺風景の使い方も違うぞ」
確かに、ド派手に殺める風景ではあったが、言葉の意味は真逆なんだが……!
「ロース様、羨ましかったですか? 憧れとか抱いちゃいましたか?
ぷふっ、ロース様も少し可愛いところがあるのですね。でも諦めてください、不可能ですので。知能的に、現実的に」
デュヴェルコードは楽しげに笑いかけながら、俺の全く抱いていない憧れを、勝手に全否定してきた。
――コイツらのために、守るか……。
俺は複雑な感情を抱きながら、トチ狂った洞察力を持つ側近に、冷ややかな目を向けた。
「デュヴェルコードよ、全然違うぞ。魔族にとって、そして私にとって、お前が如何に大切な存在であるかと、改めて考えていただけだ」
俺の胸中を明かした途端、デュヴェルコードの頬が真っ赤に染まった。
「えっ……プッ、ププププ、プロポーズ?」
「はぇっ?」
デュヴェルコードの更なるお門違いな解釈に、俺は思わず目を見開いた。
「何ですか急に、パカですか! ロース様パカですか! 千人の亡骸がゴロつくシチュエーションで、ロマンティックを演出したつもりですか!?
乙女の心を何キュンさせたかったのかは知りませんが、強いて言うなら今はドキュンです! なんて身勝手な告白ですか!」
「待て待て、ドキュンって、私は反社か。いったいどんな勘違いして……」
「どこで『今ならイケる!』と確信を持てたのですか!? それとも衝動的に子孫でも欲しくなりました!?
場違いなタイミングで、ロース様を旦那様にしたくありません! 好きですが今はお断りさせて頂きます! 時と場所を改めてください!」
戸惑いと恥じらいを誤魔化す様子で、セカセカと早口で断言したデュヴェルコード。
また勝手に勘違いされて、終いには訳も分からずフラれたんだが……!
――コイツらのために、守るか……。




