23話 激痛激怒7
俺はイマシエルの目論見と思われる至近距離戦を防ぐため、咄嗟に次の作戦を練った。
「これならどうだ! 『フロート』!」
俺は浮遊魔法を詠唱しながら地面に両手をつき、広場を覆うほどの巨大な魔法陣を出現させる。
すると無数に落ちていた岩の破片たちが、一気にフワリと浮き上がった。
「そして……『アトラクション』!」
続いて俺は右手を前に伸ばしながら引力魔法を唱え、片足を軸にその場で体を1回転させた。
その途端、周囲に浮き上がっていた岩の破片たちが、俺を中心に続々と引き寄せられて来た。
この魔法が野球部時代に使えていたら、どんなに嬉しかったか。地味に面倒臭かったボール拾いが、楽に熟せていただろうに……!
俺は一気に寄せ集めた岩の破片たちを、まとめて体の近くにフワフワと浮かせた。
「さぁ、ここからが本番だ。お前に距離は詰めさせないからな、シマシエル!」
「ハァッ、ハァッ……小賢しい。逆に弾切れした時は、お前の最期だと覚悟するんだね!」
「本気か? この数え切れない岩の破片を、全て躱す気か?」
「頭の悪い脳筋ロースに、教えといてあげる。少なくとも、不可能ではないね。例え無謀だろうと、お前を倒せる確率が1パーセントでもあるのなら、身を挺して挑んでやる!
それが正義の道理であり、魔族を壊滅させる人族の意志!」
イマシエルは荒息を吐きながら、力強い声で熱弁してきた。
なんだかコイツが熱弁したせいで、今の俺って……。有利な戦況に余裕をカマす、如何にも負けそうな魔王になっていないか?
諦めず立ち向かって来る戦士に、強靭な意志と正義の心をぶつけられる、ベタな魔王ポジションに立たされた気がするんだが……!
しかし、そんな事より。
「イマシエルよ、お前だって歴とした魔族だろ。それも、人族に寝返った極めてタチの悪い魔族だ。
そんなお前が、何を正統派な人族の戦士みたいに、シャーシャーと道理を語っているんだ。思い上がるな裏切り者」
「な、何だってロース!」
「それにだな、せめて誰かの顔に扮して道理を語ってくれ。顔のパーツ無しでは、異形感丸出しで説得力ゼロだぞ。あと不気味で怖いし」
「………………なら、これでどう?」
イマシエルはダガーを背中に仕舞うなり、両手で顔面を覆い隠した。
そして透かさず両手を下ろし、変装し終えた顔を露わにする。
「おいおい、マジかよ……」
「この顔を相手に、全力が出せる?」
イマシエルが顔マネに選んだのは、なんと魔王の側近であるデュヴェルコードの顔だった。
激似な顔を目の当たりにし、まるで大人びたデュヴェルコードを見ているようだった。
「選りに選ってデュヴェルコードって、何でそこをチョイスしたんだ。結局は魔族じゃないか……!」
「これは道理を語るための変装じゃない。戦闘用の変装だ」
デュヴェルコードの顔をしたイマシエルは、再び背中からダガーを取り出した。
「戦闘用だと? 私にはふざけているようにしか見えないぞ」
「なら、この顔を狙って本気で岩の破片を投げ込める? お前にはこの変装が、1番効果的な気がするけど」
「も、問題ない……はずだ。ただの見かけ倒しに過ぎない」
俺は周囲に浮かせた岩の破片をひとつ手に取りながら、必死に平然を装う。
中身はイマシエルだと分かり切ってはいるが、何だろう……この心のザワつき。少し気が引ける。
見慣れたあの顔を相手にする事で、微量だが葛藤が生じてしまう。
「まさかロース、動揺してんの? 言っておくけど、岩の破片を命中させたら、私は激痛で顔が歪むよ。このロリエルフの顔でね。
見るに堪えないほど、この顔を歪ませて痛がるよ」
「だ、だからどうした。所詮、中身はお前だろ。私の同情心に付け込み、そんな揺さ振りを仕掛けても無駄だ」
「軽く声が震えているけど、見え見えの虚勢かな? それとも本心だったりして。実はロリエルフの悶える顔を、見てみたかったりしてー。
お前の動揺を誘えるなら、もっとレアな表情を浮かべてみようかな。私ならこの顔で、他にもあんな顔やこんな顔も見せてあげられ……」
「黙れっ! 何だそのマニアックな誘惑は! どさくさに紛れて、如何わしい表情を浮かべるな、筋違いにも程がある!」
イマシエルの脱線した話に付き合い切れなくなった俺は、握力全開で手に持つ岩の破片を砕いた。
そして新たな岩の破片を手にすると同時に、投球モーションに入る。
「その顔でどんな表情になろうが、知った事か! 食らえ、『スターダスト・ストライク』!」
俺は咄嗟に思いついた技名を叫び、先ほどよりも小回りを利かせた、クイックモーションで岩の破片を放り投げた。
「また不意打ち! このっ脳筋!」
イマシエルは強化した体を巧みに動かし、ギリギリで俺の投げた岩の破片を躱した。
だが俺は外した事を悲観的に捉えず、連投に特化したクイックモーションで、セカセカと絶え間なく周囲に浮かぶ岩の破片たちを投げ込んでいく。
「ダメだ、落ち着け、自分自身……!」
一心不乱に連投していく最中。
俺の投げる岩の破片は、低確率でイマシエルのボディラインにカスりはするものの、未だにクリティカルヒットは与えられていない。
デュヴェルコードの顔を相手に、躊躇と闘魂が渦巻く俺の乱投は、悉く躱されていく。
「リズムが、悪い……!」
自分のペースに持ち込めない。たかが顔を変えられただけで、ここまで乱れるとは思わなかった。
「アハハッ、どこ狙ってんのさ、ノーコン魔王!」
回避に慣れてきたのか、キレッキレの動きで躱しながら、笑顔を浮かべ始めたイマシエル。
たまにデュヴェルコードが浮かべる、他人を小バカにする時の笑顔にそっくりだ。
葛藤に加えて、軽くイラ立ちも芽生えてきた……!
俺の連投が更に乱れを増した、そんな時。
「あ、あれっ? ガス欠かも……」
今まで俊敏に岩の破片を回避していたイマシエルの動きが、突然キレとスピードを失った。
まさか支援魔法を多用した反動が、イマシエルの体に……!
「体力切れのようだな、格好の的め!」
俺は好機を悟り、即座に気持ちを切り替える。
命中させる事だけに全神経を注ぎ、動きの鈍くなったイマシエルに、岩の破片を全力で放った。
――ドフッ……。
「ゴ、ゴホッ!」
腹部を手で押さえ、右膝を地面についたイマシエル。
俺の放った岩の破片は好機を逃す事なく、イマシエルの腹部にクリティカルヒットしていた。
「漸く捉えたな。ど真ん中ストライク……いや、ど真ん中デッドボール」
初めてまともに命中した安堵から、俺は小さくため息を吐いた。
その時……。
「――ロース様! レア姉を預けて、急いで戻って来まし……って、えぇぇぇーーー!! それ誰ですか、わたくし!?」
後ろを振り返ると、デュヴェルコードの顔をしたイマシエルに指を差し驚愕する、デュヴェルコードが立っていた。




