23話 激痛激怒5
「――食らえ、魔球『どストレート』!」
俺はイマシエルに向け、浮遊魔法を宿した岩の破片を全力で放った。
ブレなく、そして美しく、規則的な回転を纏った岩の破片は、イマシエルを目掛け真っ直ぐに飛んでいく。
「なんて、魅力的な真っ直ぐなんだ……」
浮遊魔法の効果により重力を失った岩の破片は、沈降は疎か、失速する様子もない。
それに加え、魔王の体に備わった筋力と体重を乗せた、重たい一投。
俺は魔法と剛腕を組み合わせる事で、類い稀ない豪速球を生み出した。
無重力と威力の要素を掛け合わせた岩の破片は、空気の抵抗を物ともせず、ひたすらに直進していく。
――これこそ、本物のストレートだ……!
「ロースのくせして、調子にの……ヤバッ!」
岩の破片を躱そうと駆け出す様子のイマシエルだったが、途端にその場で動きを止めた。
――ビュンッ……!
球筋を読んだのか、それとも恐怖で体が竦み動けなかったのか。
岩の破片は硬直したイマシエルの耳元を掠め、一瞬の内に地の果てへと飛んでいった。
「あ、ああ……あああ……」
顔のパーツがないためハッキリとした心情は分からないが、イマシエルは固まったまま、小さく怯えるような声を漏らしている。
しかしまた、凄いタイミングで動きを止めたな。始めの1歩を踏み出すようなタイミングで……。
こうして固まったイマシエルを見ていると、まるで非常口マークの真似をしているヤツに見えてくる。
ピチピチのキャットスーツに加え、顔はのっぺらぼうだから、余計に……!
「先ほどまでの威勢はどうした、イマシエル。速すぎて見えなかったのか? それとも目の当たりにして恐怖したのか?」
俺はイマシエルに呼びかけながら、足元に落ちていた別の破片を拾い上げる。
「あ、あた、あた……当たり前でしょ! 殺す気か! 今のを見て恐れを感じないヤツなんて、危機の概念を持たない脳天気くらいだ!」
イマシエルは体勢を戻し、俺に向かって怒鳴り始めた。
「ほほぅ、まさかお前に褒められるとはな。礼を言うぞ」
「褒めてないわ、調子に乗るな!」
「そうかそうか。『フロート』!」
俺は再び魔法を詠唱し、手に持つ岩の破片に浮遊魔法を宿した。
「次は容赦なしだ。ど真ん中、いくぞ」
優位に立った俺は思わずキメ顔を浮かべ、手に持つ岩を上へと軽く放った。
そしてお約束の如く、落ちてくる岩の破片をパシッと掴もうとした。だが……。
――フワァ……。
俺の意に反するように、重力を失った岩の破片は、そのまま空中へフワフワと浮かんでいった。
「…………………………」
俺は言葉もなく、ゆっくりと天に昇っていく岩の破片を見つめる。
まるで子供が手放した、風船のようだ……!
「カッコ悪っ……魔王のくせに情けないな。人族に寝返って正解だった」
「う、うるさい!」
俺は羞恥心を押し殺し、闇雲に地面から岩の破片を拾い上げる。
「フ、『フロート』!」
透かさず拾い上げた岩の破片に浮遊魔法を宿し、俺はセカセカと投球モーションに入った。
「チッ、易々と食らったりしないよ! 『トゥレメンダス・フィジカルアビリティライズ』!」
体勢を低く構え、魔法で身体能力を高めたイマシエル。
片手にダガーを持ったまま、俺に向かい勢いよく駆け出してきた。
「距離を詰めても無駄だ! 食らえ、魔球『どストレート』!」
「クソッ、早っ」
俺が投球すると共に、イマシエルは足を止め、瞬時に身を低く屈ませる。
イマシエルの恐ろしく軽快な身のこなしにより、俺の豪速球は間一髪のところで躱されてしまった。
「残念、ロース。このまま距離を詰めさせてもらう!」
当然のように、イマシエルは再び俺との距離を詰め始めた。
「コースを読まれたか……」
俺は躱された事を悲観的に考えず、次の投球に備え岩の破片を拾い直す。
「『フロート』。なら、これならどうだ!」
咄嗟に作戦を練った俺は、素早く投球モーションに入り、左足を踏み出しながら右腕のスイングを開始する。
「さすが脳筋魔王、バカのひとつ覚えね!」
俺が投球モーションを見せるなり、透かさず立ち止まり体を屈ませたイマシエル。
だが……!
「はっ!? 何やってんのロース!」
「バカのひとつ覚えは、お前の方だイマシエル!」
俺はリリースポイントの手前で、岩の破片を握ったまま投球モーションを停止していた。
これにより後出しの権利を得た俺は、狙いを定め投球の続きを再開させる。
「今度こそ、食らわせる!」
スナップだけの投球になったため、先ほどと比べて威力は落ちてしまったが、当たればきっと……。
「うぐっ! いっでぇーー!」
きっと、激痛を与えられる。
「いっだぁ……クソロースめ!」
両膝を地面につき、左肩を押さえて蹲るイマシエル。
俺の放った岩の破片は、躱し切れなかったイマシエルの左肩を見事に捉えていた。
凄まじく痛そうだな。野球でボークやデッドボールが、反則扱いになるのも頷ける光景だ……!
「ヒ、『ヒール』……」
左肩を押さえたまま、震える声で治癒魔法を詠唱したイマシエル。
「随分と痛そうだな、イマシエルよ」
「脳筋魔王のくせに、姑息な真似を。腹立つなぁ……!」
治癒魔法を掛けても尚完治に至らなかったのか、イマシエルは左肩を押さえながら俺に睨みを利かせてくる。
「何が姑息だ、お前のように背後を狙ったりしていないだろ。
まだまだ岩の破片は転がっている。続けるぞ、真っ向勝負」
俺は次の投球に備え、再び岩の破片を拾い上げる。
「………………見せてやるよ。血も涙もない采配の中、苦しいゲームを投げ抜いた、不屈の投手魂を……」
「ゲーム? 投手魂? こんな時に何を言っているロース」
イマシエルを睨みながら、不意に俺の脳裏に日本での記憶が過った。
――俺は中学時代、野球部だった……。




