23話 激痛激怒2
「――勇者の右腕。貴様は少し、やり過ぎた……!」
立ち込める煙の中、鋭く両目を光らせるコジルド。
ドスの利いた声で痛々しい台詞を吐き、シノを脅迫するように睨みつけている。
「コジルド、お前まさか……」
俺はこの狂変を、強く覚えている。
獲物を威嚇するような、鋭い眼光。
如何にもなお決まりの台詞。
コジルドを包み込む、雰囲気作りの煙。
そしてこっそりと体の陰に隠された、煙を放出している右手。この自作自演が1番痛いな……!
間違いない、これはコジルドが激怒した時に発生する、狂変の確定演出だ。
しかし何故だ、まだ狂変のトリガーとなる、コジルドのマントは破れていないはず。
頃合いを見て、また俺がこっそり破ろうとはしていたが……。
「だ、大丈夫かコジルド?」
「…………あのアーチャーは、やり過ぎた。必ず我の手で潰す、キリングタイムだ」
「ならシノの相手は任せるが……勝てるのか? お前、丸腰だろ」
「関係ない。アイツは我の前で、想い人に傷を負わせた。許さぬぞ、あの恋敵。死を持って償わせてやる」
コジルドは俺に見向きもせず、ただ真っ直ぐにシノを睨み続ける。
そこは恋敵ではなく、普通に敵でいいだろ。いったい、いつシノが恋のライバルになったんだ……?
しかし、これでコジルドの狂変した理由が分かった。
どうやら想いを寄せていたレアコードの負傷が、トリガーとなったらしい。
暫くひとり沈黙していたので、何事かと思ったが……。大方、厨二らしく確定演出を切り出す機会でも窺っていたのだろう。
「コジルドよ、お前にシノの相手を任せる。頼むぞ?」
「見くびるな、容易い……!」
まさか自ら狂変してくれるとは思わなかったが、俺にとっては都合が良い。こうなったコジルドは、戦闘能力が飛躍的に向上し、加えてターゲットを倒す事に異常な執着心を持ち始める。
あの戦闘狂である勇者ンーディオでさえ、苦戦を強いられた程に。
しかし今のコジルドには、やはりアレが必要だ……!
「よしっ、頼んだぞコジルド。だがな……」
俺は信頼を置くように、コジルドの肩をポンッと叩いた。そして正門外にいるイマシエルへ、真っ直ぐに体勢を向け。
「ここで10秒待てっ……シノから、目を離すなよ!」
コジルドと背中合わせの状態から、俺は地面を強く蹴り駆け出した。
一歩一歩、ありったけの脚力を地面に伝えながら、一直線にイマシエルへと向かい激走する。
その目的は……!
「ちょっと、ちょっと! ロースが血迷って向かってきた、顔怖っ!」
見せかけの弓と槍を持ったまま、数歩ほど後退りをしたイマシエル。
俺に言わせれば、顔のパーツがないコイツの方が、よっぽど顔怖いんだが……!
「イマシエル! お前の相手は私だ、歯ぁ食い縛れ!」
俺は威喝すると共に、走る勢いのままイマシエルに向かってジャンプし、空中で右手を振り被る。
そして怯えた素振りをするイマシエルに近づいた瞬間、握り締めた拳を振り下ろした。
しかし。
「アハハッ、なんてね!」
軽快なバックステップで俺の拳打を躱し、空中へと逃れたイマシエル。
まるで曲芸師を連想させるような、アクロバティックなバク宙を披露し、俺から距離を取っていく。
「躱したか、躱すと思ったぞ……!」
「えっ?」
俺は身軽に宙を舞うイマシエルへ、片手を翳し。
「端から狙いは、お前ではない! 私の狙いは……『アトラクション』!」
俺は力強く詠唱し、手の平に魔法陣を出現させた。
「はぁっ! また新しい魔法、ロースが!?」
「いつまでも力任せの魔王だと思うな! 私の狙いは、『コジルドの愛槍』だ!」
俺はイマシエルの持つ槍に標準を合わせ、引力魔法を発動させた。
そう、俺の狙いはイマシエルへの攻撃ではなく、コジルドの愛槍。
今の狂変したコジルドが愛槍を手にすれば、間違えなく鬼に金棒だ。俺はこの戦場の命運を、狂変したコジルドに賭ける!
「小賢しい、うっ、バランスが……!」
イマシエルの持つ槍に引力魔法を掛けた途端、空中でイマシエルの体勢が崩れた。
わざわざ空中に回避してくれたのは、俺にとってかなり好都合だった。空中では足の踏ん張りも利かないため、体勢を崩せば咄嗟の対応は困難だろう。
「頂くぞ、当た……『当たランス』を!」
思わず奪い取るのを躊躇いたくなる名前だが……。俺は叫びながら、魔法の効力を高めた。
「あぁーっ、腹立つロース!」
引力への抵抗を諦めたのか、空中で槍を手放したイマシエル。
そのまま槍は落下する事なく、俺の方へと引き寄せられて来る。
「待たせたなコジルド、使えっ!」
俺は引き寄せた槍をキャッチした瞬間、体を勢い良く捻り、コジルドに向け槍を放った。