23話 激痛激怒1
正門外にいた偽者シノの正体は、勇者パーティのひとりであるドッペルゲンガーのイマシエルだった。
「お前は……シマシエルか!」
「そうよロース! あなたに裏切られた、悲劇の魔族イマシエルよ!」
相変わらず顔のパーツがなく、のっぺらぼう状態のイマシエル。得意げな口調でネタバラシをしているが、表情のない顔面のため、いまいち心情が読めない。
「私は裏切ってなどいない、ただお前の事を知らないだけだ。それに、裏切り者はどっちだ。魔族ともあろう者が、チンピラ勇者の言葉ひとつで、人族に寝返ったくせに」
「――その裏切り者のお陰で、こうしてお前を煽れているけどね!」
横槍を入れるように、シノが俺の背後から叫んできた。
そんな如何にもな挑発を耳にし、俺は睨みを利かせながら後ろを振り返る。
「シノよ、何でお前が得意げなんだ」
「アハハッ! そうですよシノさん、むしろ得意になるなら、敵の目を欺くほどシノさんを演じ切った、このイマシエルですよ!
まぁホイホイと簡単にモノマネできる、お安い女だったので演じやすかったですけど」
「な、何ですって! 荷物持ちの分際で、調子に乗るんじゃないわよイマシエル!
そもそも死んだフリは、レアコードに見抜かれていたじゃない! それのどこが演じ切ったよ、この紛いもの!」
「紛いものですけどー! シノさんくらいですよ、誇りを持って死んだフリなんて貫き通せる人! どんだけ死んだフリ上手いんですか、やってみて引きましたよ!」
「フンッ……! 私の技術はね、付け焼き刃とは別格なのよ! 死んだフリ職人の技巧、舐めんじゃないわよ!」
種族は違えど、勇者パーティのメンバー同士で言い合いを繰り広げていく、シノとイマシエル。
そんな残念な職人を、誇らしげに自ら名乗るなよ……!
「お前ら! 魔王城で、しかも魔王を板挟みにして、仲間割れなんてするな! 私のモブ感が半端ないわ!」
俺は敵のふたりを交互に睨み、言い合いを断ち切るほどの怒声を放った。
しかしコイツらによるネタバラシのお陰で、全ての合点がいった。シノに扮していたイマシエルが、不用意に攻撃を仕掛けて来なかった事も。そして死んだフリが、あっさりとレアコードにバレた事も。
「いいか、シノ。そしてイマシエル。舐めた真似をしてくれたお前たちを、みすみす許したりはしない。必ず叩きのめす。だが、その前に……」
俺はふたりに撃砕を宣告するなり、ゆっくりとデュヴェルコードに顔だけを向けた。
「デュヴェルコードよ。今すぐレアコードを連れて、医療エリアに行け」
「で、ですが……この状況でロース様を残して……。作戦も戦力もないのに……」
「いいから行くんだ! 無策なわけがないだろ、ここは何とかする!」
「は、はい!」
俺の指示を受けたデュヴェルコードは、レアコードの肩をキュッと握り締め、力強い返事をした。
しかし。
「デュヴェル……あたくしなら大丈夫、ロース様について……」
依然として腹部に矢が刺さったまま、苦しそうな表情でデュヴェルコードを見つめるレアコード。
「レアコードよ、無理はするな。プライドの高いお前の気持ちも分かる、シノに反撃もしたいだろう……。だが今は、一刻も早くマッドドクトールの元へ向かうのだ。手遅れになる前に」
「お気遣いは嬉しいですが、大丈夫ですの? 割と真剣に。
大見得を切っておられますが、相手は残念な女と顔面プレーンですよ? 勝てます? コジったひとりボッチとふたりで」
重傷である自身を差し置いて、頑なに俺を心配してくるレアコード。
皮肉とも捉えられる程の心配っぷりだが、確かにレアコードの言う通りではある。言う通りではあるが……。
「い、いいから行くんだ。ここは何とかする……」
大口を叩いた手前、後に引けなくなった俺は、自分の吐いた指示を弱々しく押し通した。
「急に頼りなくなりましたわね。先ほどと全く同じ言葉ですのに、全く別の台詞に成り下がりましたわ」
「………………うるさい。深掘りしてないで、早く行け」
レアコードとまともに目を合わせられなかった俺は、今から共闘するコジルドへ、チラッと視線を向けてみる。
するとコジルドは、未だに広場の中央から移動しておらず、顔を下に向け静かに突っ立っていた。
コイツは何がしたいんだ、こんな時に。
エレルギーを失ったロボットみたいに動かないが、本当に大丈夫だろうか……。
「ロース様。今からレア姉を、急いで医療エリアに連れて行きます。その後すぐに戻って来ますので、何が何でも持ち堪えていてください!」
デュヴェルコードの呼びかけに振り向くと、何時になく真剣な眼差しで俺を見つめていた。
「分かった。お前こそ、レアコードを頼むぞ」
「はい! ロース様、ご不運を……『テレポート』!」
「おいっお前、今なんて……!」
デュヴェルコードが魔法を詠唱するなり、姉妹を囲う魔法陣が出現。
不吉なお祈りを言い残したまま、デュヴェルコードはレアコードを連れ、瞬く間に俺の前から姿を消した。
「縁起でもない言い間違いをしやがって、そこは『ご武運を』だろ……!」
俺は顔を引き攣らせながら、薄れていく魔法陣を見つめた。
不安を煽られる去り方だったが……これでいい。これが最善だ。
浅はかではあるが、俺にだって策はある。コジルドと共に、ふたりの敵を倒す策が……!
「おい魔王! いつまで待たせる気だ、私たちを放置プレイするな!」
敵を其方退けした事に腹を立てたのか、弓を振り回し怒声を放ってきたシノ。
「黙れ残念な女。少しくらい感傷に浸らせろ」
「フンッ、魔族の都合なんて知った事か。私は矢を射りたい時に射るし、この魔王城にだって、入りたい時に入る!
お前たちのような低俗のペースに、合わせたりしないわ!」
「何を吐かしてんだ、こちらのやり取りが終わるのを、キッチリ待っていたくせに……って。そう言えばお前、どうやって魔王城に入ったのだ?」
「決まっているでしょ、いつも通り正門がパッカーだったからよ! よくもあんな堂々と、ガードを緩めておけるわね」
得意げなドヤ顔を浮かべ、魔王城のセキュリティ不足を言い渡してきたシノ。
確かにそれは、こちらのセキュリティ管理が悪い。とんだウェルカムスタイルだな、この魔王城は……!
「それはこちらの落ち度だな。全く、お前に指摘を食らうとは、残念な女以上にだらしない正門と気付かされた。一応、礼を言っておくぞ」
「何よその感謝は、思いっきり煽りじゃない! 勝手に私をだらしない基準にするな!
クソッ! こんな事なら、初めからお前を狙撃すればよかった。あのロリエルフなんか狙わず、お前を1番に黙らせるべきだった!」
「何っ? 私が狙いではなかったのか?」
シノのカミングアウトに違和感を覚え、俺は即座に聞き返した。
「そうよ! ンーディオ様の命令だったから、仕方なくね! 『不意打ちで側近を仕留めろ。そうすれば魔族共から、復活の糸口を断てる。本番で矢を外さねぇよう、道中で適当な誤射でもして、確実に不意打ちを決めてこい』って指示が出たから、従ったのよ! レアコードに邪魔されたけどね!」
頼んでもいないのに、ペラペラと身内のやり取りを口走ってくれたシノ。
「やはり勇者ンーディオとは、キレ者だな。指示が的確すぎる……。
まぁお前はそれを、キッチリと失敗したようだが」
「何ですって魔王!」
恐らく『復活の糸口』とは、デュヴェルコードが使える蘇生魔法の事だろう。まさかンーディオのヤツ、そこまで見透かしていたとは。
魔王城を完全攻略した勇者なだけあって、恐ろしく精巧な手口だ。
しかし、それをいち早く察知し、デュヴェルコードを庇い自ら重傷を負ったレアコード。
危険を顧みず、魔王軍にとっての最悪を阻止してくれるとは、本当に感謝しなくては。
「それにしても、私も舐められたものだ。まさか不意打ちの標的が魔王ではなく、側近だったとはな。今からその愚かな選択を、後悔させてやる。
コジルドよ、少し私の戦に付き合……コジルド?」
共闘を頼もうとコジルドに視線を向けた途端、俺は言葉を詰まらせた。
「――勇者の右腕。貴様は少し、やり過ぎた……!」
鋭く両目を光らせ、殺気立った顔つきでシノを睨んでいたコジルド。
足元は煙で覆われており、如何にもな雰囲気を醸し出していた。
――まさか、これって……!