22話 軍勢襲来6
デュヴェルコードの魔法により、率いていた軍勢を一撃で全滅させられたシノ。
しかしシノは怖気付く事なく、ひとりになりながらも戦意を露わに弓を手に取った。
「私には、奥の手がある。これは脅しではないからな……!」
「奥の手だと? この期に及んで、まだそんな大見得を切るとはな。大人しくお縄につけばいいものを」
「はぁっ!? お前は脳筋だけでなく、変態の素質もあるのか!」
「はっ?」
「お前は立場を利用し、命が惜しくば大人しく縄で縛られろと……そう言いたいのだろ! 私のような美女を縄で縛ってどうするつもりだ、この顔が下心魔王!」
俺の意図を汲み取れないのか、全くお門違いな解釈で返してきたシノ。
まさか、お縄につくの意味を知らないのか?
先ほど敵ながら少し見直したと言うのに、やっぱりコイツはただの下品で残念な女だった……!
「誰の顔が下心だ。せっかくチャンスを与えてやったと言うのに、私の慈悲を踏み躙りやがって。覚悟しろよ、この勘違い下品が」
シノの物言いに、俺は少しイラ立ちを露わにした。
そんな時。
「ウェイスト……! ロース様、落ち着いてくだされ。あんな弓の小娘に腹を立てても、仕方ありませぬ。ここは我が引き受けましょうぞ」
自らシノの相手をすると名乗りを上げ、俺の隣へと移動してきたコジルド。
空に暗雲が残っているためか、いつの間にかコジルドは自作したサンシェードを解体し、マントを正しく背中に羽織っていた。
「フハハッ! 喜べ、品のないキューピットよ。貴様の相手は、我がしてやる」
両手でマントを広げるなり、シノへ人差し指を差したコジルド。
そして例によって、透かさず人差し指を折りたたみ、小指でシノを差し直す。
「そのキューピットって呼び方やめろ! 私はアーチャーよ!
日光で弱体化するヴァンパイア如きが、しゃしゃり出てくるな!」
「貴様の目は節穴か? これだけ暗雲に塗れたフィールドであれば、なんの問題にもならぬわ」
「それだけで私に勝つつもり? 前回の戦いで、ランサーの命である愛槍を失ったお前が?」
「フハハッ、他愛ない! 確かに愛槍を失った事は、我にとって悔やむべき落ち度であった。
しかしこの環境下であれば、お前如き槍など持たずとも瞬殺できるわ! 失いし愛槍の無念を晴らすためにも、我の手で貴様を屠ってくれる!」
「フンッ、その無念って……」
シノは言い終わる前に、なぜか倒れた騎士のひとりへと歩み寄り、地面から棒状の何かを拾い上げる。
そしてそれを雑に握り締め、再び元の位置へと戻ってきた。
「お前の無念って、この棒っきれの事か?」
「なっ……それは……」
シノが拾ってきた物を見せつけるなり、コジルドはその場で固まった。
「そ、それは我の愛槍……『当たランス』……」
「そうよっ……! えっ、これって『当たランス』って名前なの? ま、まぁいいわ。一撃回避のスキル、『クリティカルドッジ』で私が攻撃を躱した際、地平線に飛んでいったお前の槍よ!
激闘の後に帰ってみたら、偶然にも私の家に突き刺さっていたわ! なんてヤンチャな棒なのかしら!」
シノは槍を力強く握り締めながら、プルプルと腕を震わせる。
確かに前回の戦闘で、シノが絶対回避のスキルでコジルドの飛ばした槍を避けていたが。
それってある意味、当たってないか? 出来すぎた偶然ではあるが、それが事実なら絶対回避とは言い切れない気がする……!
「フ、フハハッ。まさかそれが、貴様の言う奥の手か? 我に対する人質という事か。
しかしどんな経緯であれ、ターゲットの住処を捉え、主人の元へ戻ってくるとは、なんと利口な愛槍よ……!」
「どこが利口な棒だ! 持ち主にソックリなほど腹立つ棒だから、その持ち主へ返しに来たのよ! 返すって言っても、お前を串刺しにしてだけどね!」
「また戯れ言を。しかしこれで貴様を倒さなければならない、正当な目的ができたぞ。ドロップアイテムとして、我の愛槍は返してもらうからな!」
「イキがるな、手ぶらヴァンパイア! 武器も持たぬお前など、取るに足りない!」
「吐かせ! 大見得を切ったくせに、軍を一瞬で全滅させられたド阿呆が、たったひとりで何ができる! この可哀想なひとりボッチが!」
コジルドが語り終わった途端、この場にいる全員の視線が、コジルドに集まったのを感じた。
「お前がそれを言うか? 全力で痛いんだが……」
コジルドに冷たい視線が集まるなり、正門前は暫くの間、静かで重苦しい雰囲気に包まれた。
そんな最中、この雰囲気を作り出した張本人のコジルドは、自覚がない様子でドヤ顔をシノに向け続ける。
「も、もうっ、コジルドさん! どうする気ですか、この空気!」
長い静寂に居た堪れなくなったのか、デュヴェルコードが先陣を切り、重苦しい雰囲気を打ち破りにかかる。
「なっ……! く、空気? 皆、我のカリスマ性に威圧を感じ……」
「そんな訳ないでしょ! 皆んなドン引きしているだけです、この魔族の恥晒し!
間違っても、『可哀想なひとりボッチ』などと他人に言ってはいけません! 真の可哀想なひとりボッチである、コジルドさんだけは!」
まるで魔族を代表して説教をするように、コジルドへ怒声を放つデュヴェルコード。
「わ、我が恥晒し……?」
「そうですよ、恥知らず!」
コジルドの顔を引き攣らせる程の罵声を放った後、デュヴェルコードは俺へと顔を向けてきた。
「ロース様! 幸いにも、今の痛い発言を聞いた敵は、あの残念な女ひとりだけです!
早急に始末して、口封じしましょう!」
「お、おい待てっ。またお前は無鉄砲に……」
俺の制止も聞かず、デュヴェルコードは乱暴な足取りで、シノへと真っ直ぐに歩み寄っていく。
「全くコジルドさんは、いつもいつも!」
イラ立ちを剥き出し、デュヴェルコードは愚痴をこぼしながら、正門を潜り外へと踏み出した。
そんな時。
『――待っていたわよ、ロリエルフ。『シャイニング・アロー』」
何処からともなく聞こえてきた、シノの声。
しかし目の前にいるシノは、一切口を開いた様子がなかった。
これは、いったい……!
「デュヴェル!! 危ないっ!!」
シノの声に逸早く反応し、俺の隣から勢いよく駆け出したレアコード。
いつもは賢く冷静に行動するレアコードが、これまでにない慌てようで、デュヴェルコードへと目を見張る速さで駆け寄っていく。
「えっ、レア姉?」
レアコードの声量に驚いたのか、デュヴェルコードはこちらに振り返ってきた。
次の瞬間……!
――ヒュンッ!
突然、背後から飛来した何かが、俺の耳を掠めた。
「何だっ、矢?」
鳥肌が立つような風を切る音と共に、1本の矢が背後から俺の横を通過していった。
「まさか、レアコード!」
攻撃が来ると予知していたのか、レアコードは妹を庇うように両手を広げた。
そして。
「カハッ……!」
激しく嘔吐き、その場で膝をついたレアコード。
「レ……レア姉……レア姉っ!」
デュヴェルコードを庇ったレアコードの腹部に、1本の矢が鋭く刺さった。




