22話 軍勢襲来4
正門前に押し寄せた人族を迎え撃つため、広場へと集結した俺たち。
「よく聞けシノ。例え軍勢がバックに控えていようと関係ない。口の悪いお前を、真っ先に潰してやってもいいのだぞ? あまり調子に乗った物言いをするなよ」
「フンッ……! お前など、近接戦でなければ微塵の勝算も見込めない、脳筋魔王でしょ。この距離なら確実に私の方が有利よ!」
俺の脅しに動じず、睨みを利かせてくるシノ。
「はぁ……全く、何が有利だ。一撃目を必ず外すアーチャーのくせに、どこまでも生意気なヤツだな」
俺は冷めた口調で言葉を返し、最後に到着したコジルドへと振り返る。
「うっ、うるさい……って魔王! 話の途中で、どこ向いてんのよ!」
何やら背後でシノが呼び止めているが、俺は構わず大扉で待機するコジルドに、こちらへ来るよう手招きをする。
するとゼスチャーが通じたのか、コジルドはサンシェードを構えたまま、俺たちの方へと歩みを寄せ始めた。
「来たのはいいが、随分と遅かったなコジルド」
「フハハッ! 失礼しましたな。何せ『健康管理バッチリな魔族は』と、城内放送で申していたので。
そこで、日光が弱点の我は不適合と判断し、駆けつける真似はせず、こうして堂々と遅刻して来たと言うわけですぞ!」
まるで頓知を働かせたように、真意を明かしてくるコジルド。
どいつもこいつも、さっきの放送に影響を受けすぎだろ……!
そんな堂々と遅刻を表明したコジルドに、ダークエルフ姉妹の眉がピクリと動く。
「あんた、やる気あんの? ないなら城内に引き返すか、人族の集団にひとりで特攻でもして来なさいよ。撒き餌くらいにはなるわよ」
「そうですよコジルドさん。遅刻して来たくせに目立とうとするなんて、今日は一段とコジっていて痛いです。
きっと千の敵も、『あのヴァンパイア痛くね?』って陰口を叩いているでしょうね」
コジルドに対し、次々と非難を浴びせていくダークエルフ姉妹。
「………………貴様ら、そこまで言うか? 日光がなくても、今のはさすがに弱るぞ」
いつもは騒ぎ立てて言い返すコジルドだが、サンシェードの角度を下げながら、引きこもるように顔を隠した。
「何をしているのですかコジルドさん。こんな時にマントの香りを嗅いで、リラックスでもしようと? アロマ欲求ですか?
それともマントに潜む、死んだダニ探しとか……」
「デュヴェルコードよ、それは絶対に違うと思うぞ。お前のトチ狂った洞察力はいいとして……。今はこの窮地を乗り切る事に、全神経を注ぐぞ」
「そうですねロース様! アポもなく攻め込んでくる無礼な人族を、返り討ちにして差し上げましょう!」
「あぁ、今回もこちらはお馴染みのメンツだ。敵の数は凄まじいが、魔族の意地を見せるぞ。お前たちを信じているからな」
「「はい」」
「クラウディ……! 空が曇れば、頼ってくだされ……」
ダークエルフ姉妹の息ピッタリな返事と、消極的なコジルドの返事を受けたところで、俺は再びシノの方へと体勢を向け直す。
「と、言うわけだシノ。それで? お前たちは何しに来たのだ?」
「『と、言うわけ』って何よ! そっちの会話なんて、先っちょも聞こえなかったのに!
お前たちの都合に合わせて急に話を打ち切られたり、突然再開させられたりって、舐めてんの!? 都合の良い女扱いしないでよ!」
「不都合の多い女の間違えでしょ」
熱を帯びたシノの怒声に、サラリと冷静に言い返すレアコード。
「う、うるさいわねレアコード! 癪に障るような事を、そんな涼しげに言うんじゃないわよ! また射抜かれたいの!?」
「やってみなさいよ、死んだフリ名人」
「グググゥッ…………!」
まるで口喧嘩に負けた子供のように、シノは顔を真っ赤に染め、両頬を膨らませながらレアコードを睨みつける。
「レアコードよ、少し落ち着け。これでは敵の真意を探れないだろ」
俺は言い合いを止めさせるため、レアコードに注意を促す。
「ロース様、あたくしは落ち着いていますよ。あの残念な女が、ひとりで勝手に熱くなっているだけですわ」
「あぁ確かに、それは言えてる。まるで火にかけられたヤカンだな」
俺は依然として膨れるシノに、哀れみの目を向ける。
「それでシノよ、お前たちは何しに来たのだ?」
「見て分からないなんて、さすが脳筋魔王ね! 魔族狩りよ、魔族狩り!」
「やはり見たまんまという事か……。まぁ分かり切ってはいたがな。しかし魔族狩りにしては、勇者ンーディオの姿が見えないな。怖気付いて隠れているのか?」
「バカロース、そんな訳ないじゃない! 2日前の戦闘であんな大怪我を負った上に、魔剣まで振るったのよ! すぐに戦えるわけないじゃない!
今日もマイルが、つきっ切りで治療中よ!お前なんかのせいで、ンーディオ様が負傷するなんて……絶対許さない!」
感極まったのか、自身の胸ぐらをグッと握り締め、涙目で熱弁してくるシノ。
「そうかそうか、勇者より強い魔王ですまなかった。お悔やみ申すぞ」
「死んでないわよ、勝手に殺すな! 負傷したンーディオ様に代わり、勇者の右腕として、お前に一矢報いに来たのよ! アーチャーだけに一矢ね!」
「………………上手い事でも言ったつもりか? そもそも、その一矢報いに来たアーチャーは、一撃目を必ず外すだろ。一矢ムダ撃ちの間違えだな」
俺はシノに言い返しながら、引き攣った表情を浮かべる。
「う、うるさい! これ以上コケにされるのは御免だわ!」
シノはローブを靡かせ、背後に控える軍勢に体を振り向かせる。
そして肩にかけていた弓を手に取り、指揮する様子で力強く弓を大空に翳した。
「屈強な騎士たちよ! 今こそ忌まわしき魔族たちに、カチンコチンに固い正義の鉄槌を下してやるのよ!」
『――うぉぉぉーーー!!!』
場にそぐわないシノの号令に、徒ならぬ勢いで共鳴した騎士たち。
各々に持つ武器を構え、地響きを立てながら一斉に俺たちの方へと進撃してきた!
「チッ……! もう少しシノから情報を聞き出したかったが、煽り過ぎたようだ。こちらが作戦を立てる前に、癇癪を起こして向かって来やがったか。
仕方ない! ここは一旦、正門を閉めて陣形を……」
「ロース様! ここは、わたくしにお任せください!」
俺の指示を堂々と遮り、力強く立候補してきたデュヴェルコード。
「いや……大丈夫か? いくらなんでも、お前ひとりでは」
「わたくし、本当は朝からちょいギレしていたのです! 本日は大義名分の元、1日ダラダラと過ごせるはずでしたのに!
他人のダラダラ休暇計画をぶち壊してくれた人族に、天罰を下してやります!」
「天罰を下すって、お前は神か。それにタダの腹いせだろ」
少しイラついた様子を見せ始めるデュヴェルコードに、俺は静かにツッコんだ。
しかしデュヴェルコードは俺に構う事なく、進撃してくる敵を睨みながら、ゆっくりと片手を構えた。
そして。
「――『トゥレメンダス・サンダーストーム』!!」
デュヴェルコードが魔法を詠唱するなり、黒く分厚い雷雲が空にかかり始め。
「ヤバい……これは前に見た、マジなやつだ……!」
晴れ渡っていた大空から一変し、魔王城の周辺はたちまち暗がりに包まれた。