22話 軍勢襲来2
『――繰り返します、生放送! 生放送! つい先ほど魔王城正門前に、敵が現れました!
敵は武装した人族の模様。朝からでも戦える健康管理バッチリな魔族は、至急正門前へ駆けつけてください!
敵の規模は、10人。いや……15人? んっ……20人? 少なく見積もっても千人はいます! 以上、朝から生放送でした!』
朝から城内に流れた、お馴染みの間抜けな放送。
内容はかなり深刻そうだが、ツッコミどころが満載すぎる物言いのせいで、上手く頭に入ってこない。
「朝から何だ、生放送? 健康管理? いやそれより、千人の軍勢をどう見誤れば10人になるんだ……」
俺はベットに仰向けで寝転んだまま、天井を見上げボソボソと放送の指摘を呟く。
だが。
「ちょっと待てよ……千人!? 敵が千人だって!?」
寝起きで思考が冴えていなかったが、改めて内容を把握し直してみた途端、俺は目を見開いた。
そして勢いよくベットから飛び降り、慌てて窓の外を目視してみる。
「ほ、本当だ……大軍勢じゃないか」
窓から見えたのは、正門前に押し寄せた人族の軍勢。
ひとりひとりが武器や防具を身につけ、待機するように整列していた。
「この数はシャレにならないだろ。まさか大勝負に出るつもりで、ンーディオが引き連れて来たのか? しかしアイツはこの間の戦闘で、かなりの深傷を負ったはず……」
窓から見える光景に胸が高鳴るも、冷静になるよう自身に言い聞かせながら、状況を推察していた。
そんな時。
――ゴンゴンッ、ガチャン!
乱暴なノックの直後に、問答無用で開けられた寝室のドア。
「ロース様、緊急です! 外が……へ、変態です!」
ドアが開けられると共に、慌てた様子のデュヴェルコードが、入り口から叫んできた。
「待て待て、落ち着け。変態ではなく、大変だろ。慌てるのは分かるが、少し冷静になれ。私も先ほどの放送を聞き、たった今外を確認した」
「でしたら話は早いです。ご覧の通り、敵さんである人族が群を成して、正門前にウジャウジャと蔓延ってきました!」
セカセカと、早口で説明してくるデュヴェルコード。
しかし俺は、今の表現に疑念を抱き、ゆっくりと外へ視線を向け直す。
「どう見てもウジャウジャはしていないな……。キッチリ等間隔で整列しているが」
「人族如きゴミ虫など、整列したってウジャウジャなのです!
ロース様はゴミをキレイに並べたら、それはゴミではないとおっしゃるのですか? どんなに見栄え良く並ぼうと、所詮ゴミはゴミでしかありません!」
「わ、分かったから、熱くなるな。朝からフルスロットルな側近だな。お陰でこっちが冷静になってくるぞ……!」
俺は窓から離れ、ゆっくりとデュヴェルコードに歩みを寄せた。
「失礼致しました。しかしながら、外の軍勢はあからさまな人族の攻撃意思です」
「だろうな。遠目から見る限りだが、敵もかなりの武装をしているだろう。穏便に済ませる気はなさそうだ。
あの軍勢は、勇者ンーディオが率いているのか?」
「申し訳ありません、それは分かりかねます」
「そうか。先日の激戦でかなりのダメージを負ったとは思うが、もしも率いているのがンーディオであれば、かなり手強いぞ。
勇者パーティだけでも厄介なのに、軍勢なんて率いられては手に余る」
「おっしゃる通りです。まずは敵さんの現状を把握するのが賢明だと思われます。
急いで正門に向かいましょう。朝からでも戦える、健康管理バッチリな魔族として!」
「………………朝活か。先ほどの放送に流されるなよ。健康に関係なく、急いで向かうとしよう。これまで以上に、厳しい戦闘になると心してな」
俺は先陣を切るように、寝室のドアへとひとり歩き出す。
「はい! ですがその前に、ロース様……。お召し物くらい着てください。上半身裸で、敵さんの前に出るおつもりですか?」
「はぇっ?」
俺はドアまで辿り着く前に、思わず立ち止まってしまった。
「ですから初めに申したではありませんか。大変ではなく、変態って。それはロース様の半裸に対してです。
このままではロース様を筆頭に、魔族は裸族なんて敵さんに言われる可能性だってあります」
俺はその場で、自分の体を見下ろしてみる。
「早く教えろよ。そもそも、私は何で半裸なんだ……?」
そう言えば昨日、マッドドクトールに毒をかけられて、溶ける前に服を脱ぎ捨てたんだった。
脱力し切っていたとは言え、まさかそのまま寝てしまっていたとは……!
「ご自身の寝室で、ひとり裸になってどんな如何わしい営みをされていたかは存じませんが、敵さんの前に出る時はそれなりの武装をお願いします。
今のロース様は、裸の魔王様になっていますよ」
俺に向け、可愛らしく揶揄うような笑顔を浮かべるデュヴェルコード。
「それ……脳筋魔王と呼ばれる私への、皮肉じゃないよな? 私は商人に騙されて、公衆の面前で醜態を晒すような、どこかのバカとは違うぞ」
「何の事ですか? 服も着ずに前線へ赴こうとするなど、誰であってもパカ行為では?」
俺の真意を理解できない様子で、デュヴェルコードは首を傾げる。
「いや……何でもない、その通りだ」
「そうですか。では急いで、ロース様のお召し物を用意致します」
デュヴェルコードはセカセカとベットに駆け寄り、その場で両膝を着いた。
そしてベットの下を漁り始め、丁寧に畳まれた衣類らしき布を取り出し、俺の側まで駆け寄ってきた。
「さぁロース様。これを着て、敵さんに真っ当な魔王である事を示してください! くれぐれも、寝室では『半裸魔王』だなんて、敵さんに悟られないようお願いします」
キリッとした表情で、俺へと服を差し出してきたデュヴェルコード。
もっと良い収納場所は、なかったのだろうか? 魔王の服を収納ケースもなしに、ベットの下なんかに収めるなよ……!
「誰が『半裸魔王』だ、普段はちゃんと服を着て寝ているだろ。あとこの服、埃っぽいんだが」
俺はデュヴェルコードから服を受け取り、ブツブツと不満を漏らしながら右腕を服に通し始めた。
その途端。
「うぐっ……!」
「ロース様、いかがなさいました?」
昨日再生したばかりの右腕を上げるなり、顔が強張るほどの激痛が走った。
「き、筋肉痛だ……!」
どうやら昨日のリハビリと称した筋トレは、効果抜群だったようだ。
――剛腕が持ち味の魔王なのに、まさかこんな致命的ハンデを抱える羽目になるとは……!




