22話 軍勢襲来1
『――なぁ亮ちん。相談があるんだけど、聞いてくれないか?』
これはお馴染みの夢か……?
過去の記憶か……?
また俺の脳裏に、前世で親友だった蓮池ヒロシの声が過ってくる。
毎度毎度、なぜヒロシの夢ばかり見るのだろうか。まさか俺って、コイツ以外との思い出がなかったのでは……!
『聞くのは構わないが、ヒロシお前……相談多いな。高2にして、悩みだらけの人生だな』
『何にも無関心で、上の空な人生よりはいいでしょ! 亮ちんってさ、夢ってある?』
『夢? 将来の夢って事か?』
今でも、何となく覚えている。こんな話をしながら、ヒロシと一緒に下校していた時があった。
確かこの後にヒロシが語った夢って、突拍子もない内容だった気がする……!
『そうそう、将来! 亮ちんの事だから、やっぱ夢はパチプロとか?』
『いやいや、どんな憶測だ。俺ってそんなギャンプラー気質に見えるのか?』
『全く見えない!』
『なら何でだよ、力強い否定だな。そうだなぁ、将来……。俺の夢と言うより、俺は姉ちゃんに幸せになって欲しいな』
『ほほぅ、詳しく』
『何だよその食いつき、急にシリアスだな。俺って、早くに両親を亡くしたからさ、ずっと姉ちゃんに苦労をかけてきたと思うんだ。恐らく貴重な青春時代を、犠牲にしてまで。
俺の面倒をずっと見てきて、まともな自分の時間とかも無かったはずなんだ。だから今からでも幸せになって貰いたいし、趣味や恋愛とかも心置きなくして欲しい。俺のために費やしてくれた姉ちゃんの全てに敬意を持って、そしてたったひとりの家族として、姉ちゃんには楽しい人生を取り戻して欲しい。
それが俺の夢……って、おいヒロシ! 何泣いてんだよ!』
『亮ちん、漢……!』
『まぁ、少なくとも女ではないな。てか泣き止んでくれ。泣くほどビッグな夢でもないだろ』
『ビッグ通り越して、もはやビッグバンだよ!』
『いや、それ世界が破滅するわ』
『そうかぁ、亮ちんはそんな凄い夢を持っていたのかぁ。この後に暴露する我の夢、ヘボすぎて霞むなぁ』
『そのパターン、前にも聞いたぞ。俺を前座扱いしているだろ。そしてちゃんと、予想の斜め上をいくんだろ?』
『そんな事ないって、至って普通! 我なんてドノーマル!』
『アブノーマルの間違いだろ』
『酷いな亮ちん! 我が持つ将来の夢は…………世界平和になりたい』
『………………んっ? シンボルの話? どゆこと? お前は世界平和にはなれないぞ』
『違った、世界を平和にしたい! いや、絶対する!』
そうだ……!
ヒロシの夢は、世界平和とか言っていた。
まさかヒロシの夢物語が、その日の下校中に予期せぬ形で、バッドエンディングを迎える羽目になるとは……。この時の俺は、そんな事など知る由もなかった。
『絶対するって。具体的に、どう平和にするんだ?』
『この世界から、いじめっ子という名の悪を、撲滅する。そのために……まずは世界チャンピオンになる!』
『ダメだぁ……もう既に意味が分からない。俺を置き去りにして、大空を羽ばたかないでくれ』
『まぁまぁ亮ちん、概要はこれからだって。ぶっちゃけ、いじめっ子って卑怯者ばっかりだと思うんだよね。つまり我が被害者を助ける際に、いじめっ子が我へ敵意を向けてくるとすれば、きっと集団で袋叩きとか企んでくるはず。
そんないじめっ子集団を倒すには、1対多数の殴り合いを制する事ができる程の、強大な力を持つ必要がある! 無双できる実力を持つ必要がある!』
『ヒロシお前、無双って言いたいだけだろ。しかも、それなら別に世界チャンピオンでなくても、普通に強くなればいいだろ。
なんでちょっとカッコいい寄り道を挟んでんだ』
『亮ちん鋭いっ、ナイス指摘! 世界チャンピオンには、思わぬ伏線があるんだよ!
無双した後に、世界チャンピオンならではの、イカした捨て台詞も吐けるし!』
『ど、どんな?』
『まずは被害者に……。我は世界チャンピオンのヒロシだ、もう安心するがいい、小さき者よ。って感じ!
そして、いじめっ子集団には……。この世界は、我が取るには小さ過ぎる。貴様らのような、小粒しか蔓延らぬ世界なんてな。って感じ!』
『エ、エグいな……さすが厨二病』
『世界チャンピオンなら、集団相手でも楽勝な上に、カッコいい捨て台詞だって吐ける! 何より説得力がズバ抜け!
これはもう、世界チャンピオンになるしかないでしょ!』
『それ、熱弁中に趣旨が変わっているぞ。世界チャンピオンは、夢を実現させるための通過点じゃないのかよ』
『ハハハッ、ごめんごめん。その通過点を成し得るために、亮ちんに相談があるんだ。どうやったら世界チャンピオンになれるかな?』
『知るわけないだろ。そもそもどんな世界チャンピオンなのか、ジャンルすら分からないし。てか、何で俺に聞くんだよ』
『だって亮ちんは、いつも我にとってのチャンピオンだから』
『バカにされてる気もするが……あ、ありがとう……。何もアドバイスできないが』
『そうかぁ、亮ちんでも分からないかぁ。ならば実践あるのみ! 今から、あのいじめられっ子と思しき女の子を、如何にも極悪そうないじめっ子集団から、華麗に救い出してくる! 無双してボコボコにしてくる!』
『いじめっ子集団って……あれ、中学生か?』
『そうっ、あの歩いているヤツら! ひとりのか弱き女の子が、5人の輩に囲まれている。きっとあの子は弱みを握られて、非道な強要をしてくる彼らによって虐げられているに違いない!
人の不幸は蜜の味と言わんばかりの、憎たらしい顔をしやがって、あのいじめっ子集団! 許せんっ!』
『おいおいっ、偏見が過ぎるだろ。何だよ、人の不幸は蜜の味と言わんばかりの顔って。
どう見ても、仲良しメンバーで楽しく笑い合いながら下校しているだけだろ』
『亮ちんは優し過ぎる。優しいだけじゃ、超えられないよ……』
『急にどうした、変な霊に憑依でもされたか?』
『いいから。あの子の悪夢を、終わらせてくる……!』
『ま、待てバカ、ヒロシッ! 何考えてんだ!』
ヒロシは俺の制止もきかず、楽しげに下校する中学生の集団へと、理不尽に突っ込んで行ったのを覚えている。
『――オラオラッ、その子を解放しろ雑魚共! トロトロと歩きやがって、貴様らは熱したチーズか!
無双してボコボコにしてやるっ、我は世界チャンピオンだぁー!』
『…………それは捨て台詞に使うんじゃなかったのか? 戦う前から叫んだら、ただの脅しと自慢だろ……!
何でアイツは、あんなトチ狂った奇行に走れるんだ、友達間違えたかな……』
俺はこの後に起きるヒロシの惨劇を、夢で見る事なく。
「んん……何だ、朝か……」
――寝室のベットで、目を覚ました。
「今日はまた一段と、濃い夢だった……」
俺は右手で、冴えない両目を擦りながら、頭の中でヒロシの行末を思い出す。
「ヒロシのヤツ、あの後当たり前のように、中学生たちから返り討ちを受けていたな。挙句、中学生たちに土下座させられてたし。無双してボコボコにするどころか、迷走してボコボコにされて……。
次の日ヒロシに会ったら、『世界よりまず、地域の治安すら良くできない』なんて弱音を吐いてたっけ。無実の中学生たちに、ありもしない濡れ衣を着せて、勝手に絡んでいった迷惑問題児のくせに、治安が悪いだなんて」
日本での出来事を思い出しながら、俺は寝室の天井を眺めていた。
そんな矢先に。
『――生放送! 生放送! つい先ほど、魔王城正門前に敵が現れました!』
毎度お馴染みの、場違いな放送が城内に流れた。
『――敵は武装した人族の模様。朝からでも戦える健康管理バッチリな魔族は、至急正門前へ駆けつけてください!
敵の規模は、10人。いや……15人? んっ……20人? 少なく見積もっても、千人はいます! 以上、朝から生放送でした!』
騒がしい城内放送が終わると共に、寝室は再びシンッと静まり返った。
いったいどう見積もったら、千人を10人と見間違えられるのだ……!




