21話 筋増療法4
右腕のリハビリをしていた最中、何か言いたげに俺をジッと見つめてきていたデュヴェルコードとコジルド。
ふたりは謎解きでもする様子で、顎に片手を添え同じ角度で首を傾げている。
「何だお前たち、その物申したげな顔は。言っておくが、私の集中力を削ぐような事なら、発言を認めないからな」
「ヒヒヒッ、ロース様。あのおバカちゃんたちは期待を裏切る天才ですが、筋トレは決して裏切りませんよ。
ささっ、野次馬は無視無視! もっともっと三頭筋を追い込んで、仕上がっていく右腕をウチにお見せください!」
マッドドクトールはだらしなく蕩けた表情で、俺と野次馬たちの間に立ち、視界をシャットアウトしてきた。
「分かったが……後これ何回やればいいのだ? 結構キツくなってきたんだが」
「ウヒッ、ダンベルが床に落ちるまでです」
「……………………鬼かよ。何ども言うが、これリハビリだろ」
俺は愚痴を吐きながらも、体勢を崩さずダンベルの上下を繰り返す。
ベットに左手足をつけた半四つ這い状態をキープし、右手でダンベルをひたすら後方へと上げ続ける。
肘が直角から平行になるまで、僅か90度の範囲でしかダンベルを持ち上げていないのに……。何だ、この腕が悲鳴を上げるような辛さは。
単純な動きが、シンプルにキツい……!
「はぁっ、はぁっ! くっそ重てぇなぁ……!」
自然と俺の息は荒くなり、ジワジワと汗をかき始めた。そんな矢先に……。
『――何だか動きが単調すぎて……。糸で操られる、残念なパペットを見ているようであるな』
『――どんな表現ですか、コジルドさん。あの動きが糸で操られているものなら、相当下手くそな傀儡子が操っていますよ』
『――誰も傀儡子の話などしておらんわ。我はロース様がパペットのようだと言ったのだ。他人の表現にケチをつけよって、貴様なら我以上に上手い表現ができるとでも申すのか、小さき者よ?』
『――表現も何も……。わたくしには、寝相の悪いロース様がベットから落下し、肘をぶつけて痛がっている動きにしか見えません』
視界の外から聞こえてくる、デュヴェルコードとコジルドの余計な会話。
リハビリ中の魔王を、どんな目で見てんだコイツら。パペットだの傀儡だのって、人形よりお前たちの方がよっぽど情が薄いぞ……!
「我慢、我慢だぞ……! いちいちリアクションしていたら、先に進まない」
俺はブツブツと独り言を呟きながら、ダンベルを上下に動かし続ける。
しかし疲労から、ダンベルを持ち上げる右腕の角度が、少しづつ落ち始めていた。
「ウヒッ。ロース様、段々と角度が落ちてきていますねぇ。ウチは固くて逞しいのが見たいのにぃ。
もうお年ですかぁ? 賞味期限切れですかぁ? ヒヒヒッ、あぁ嫌らしっ、ロース様お下劣!」
不気味な笑顔を浮かべ、上目遣いで俺の顔を覗き込んでくるマッドドクトール。
今のは、筋肉の話だよな? 一瞬、別の何かに思えたが……。
「意味深な言い回しは止めろ、ただの筋肉疲労だろ。お前まで気を散らすな」
「ヒヒヒッ、失礼しました。三頭筋もたっぷり拝めたし、そろそろ終わっていいでしょう」
「やっとか、今回は長かったぞ」
俺は慎重にダンベルを床へ置き、ベットから立ち上がるなり疲労した右腕をゆっくりと回す。
そして大きな深呼吸と共に、脱力しながらベットに仰向けで倒れ込んだ。
『――ロース様、賢者タイム』
天井を眺めながら聞こえてきた、コジルドの呟き。
あの厨二野郎、もう1度泣かせてやろうか……!
「ロース様っ、筋肉様! 休んでる暇はありませんよ。ヒヒヒッ、透かさず次のリハビリテーションに入りましょう」
マッドドクトールはベットに両手をつき、俺の真上に興奮した笑顔を覆い被せてきた。
「近い近い、気味悪い! ぶっ通しでできるか、少しは休ませろ!」
「却下却下でーす。ゴールデンタイムは待ってくれませんよ、今が追い込み時です!」
マッドドクトールは俺の肩を掴み、体重をかけながら無理やり立ち上がらせようとしてくる。
「分かった、分かったから押すな!」
俺は重たい腰を上げ、再びダンベルの隣に位置をとった。
「ヒヒヒッ、究極の鬼プロポーションまで、あと1歩ですよロース様。
次のメニューで、鉄亜鈴のリハビリテーションは終わりです」
「やっと終わりか、最後はどの部位を鍛えるのだ?」
「最後は召物の着こなしを美化してくれる、肩のリハビリテーションです。三角筋を盛り上げて、威圧的な肩幅を作り上げてください」
「もはや目的がリハビリですら無くなったな。完全にお前の好みに走っているぞ……」
俺はこらから鍛える肩をひと回しし、再びダンベルを右手で持ち上げた。
「では動作のご説明を。胸をグッと張った状態で微かな前屈みになり、鉄亜鈴は大きく弧を描きながら真横に持ち上げます。
その時、肘から吊り上げるイメージで、腕が平行になる手前まで鉄亜鈴を持ち上げるのがポイントです」
マッドドクトールは例によって、器具を持たずに動作のお手本を見せてきた。
これは知っている、サイドレイズって名前の有名な筋トレだ。でも……。
「この動き、片手で行ったらバランスが悪くないか?」
「ヒヒヒッ。アンバランスなんて、気合いで埋めてください」
「精神論かよ、この重量差が気合いで埋まるのか……?」
脳内が疑念で一杯になりつつ、俺はお試しで右腕のみのサイドレイズを開始した。
「案外持ち上がるが……きっつ! おっも!」
俺は体勢が崩れないよう本能的に左手を胸に添え、バランスを保ちながらダンベルを上下に往復させていく。
脇を大きく広げ、まるで鳥が翼を広げるように。
肘が上がり切った瞬間、本当に肩がはち切れるほどキツい筋トレだ……!
「あぁ、ロース様優勝……! ウヒッ、ロース様の腕しか勝たん。どのアングルからでも悩殺されそうな、視覚の凶器。その凶器に取り巻く、不規則に浮き上がった血管。
アダマンタイトの強度をも凌ぎかねない三角筋、二頭筋、三頭筋、そして腕橈骨筋。この筋肉たちが織りなすビジュアルは、まるで片翼を広げる、強く美しい天使のようです!」
相変わらず大袈裟なほど、多くのレパートリーで感動を表現するマッドドクトール。
しかしその直後、デュヴェルコードの眉がピクリと動いた。
「聞き捨てなりませんね、今の表現。ロース様に向かって天使は失礼です。
せめて例えるなら、悪事を唆そうと善人の肩に腕を回す、悪魔の様相とかにしなさい」
呆れた様子で説教をするデュヴェルコードに、俺の我慢がついに限界を迎えた。
「おいっデュヴェルコード! 何だよ唆す悪魔って! 確かにちょっと肩に腕を回してる風に感じるが、いくら魔王でもイメージ悪いわ!
コジルドもそうだ、先ほどからふたりして、どんな表現してんだ、さすがに私も痺れを切らしたぞ!」
俺は筋トレの途中でダンベルを床に落とし、怒りを露わにした。
すると。
――バリバリバリバリッ!
ダンベルの落ちた床は、先ほどよりも更に激しく地割れを起こした。
そんな光景を前に、怒りを剥き出した俺がいるにも関わらず、デュヴェルコードが……。
「『オブジェクトリペア』……」
地割れを起こした床に両膝をつき、静かに床を直し始めた。
「………………だから、壊した張本人の前で黙って直すなよ。怒っているのに申し訳なくなるだろ……!」




