21話 筋増療法2
俺たちのリハビリを冷やかし、ダンベルを持ち上げようと試みた挙句に、右腕が引き千切れてしまったコジルド。
「ガァーーーッ! 我のライトアームがぁーーー!」
ダンベルに、握ったままの右手を残しながら、コジルドは医療エリアに激痛を思わす叫声を響かせる。
他人の鍛錬を邪魔してまで、コイツは本当に何がしたかったんだ。痛い子にも程があるだろ……!
「何を大惨事にしてくれてんだコジルド! お前は腕が千切れるまで、加減もできないのか!」
「ガァーーーッ! ギヤァーーーッ!」
俺の呼びかけに応える余裕もないのか、胴体に残った右腕を振り回し痛がるコジルド。
「お、おい貴様っ、そこのクレイジードクター! 黙って見てないで、早く、早く我の腕を治せ。『見殺し女医』認定されたいか!」
コジルドは何食わぬ顔のマッドドクトールに、千切れた腕の断面を乱暴に翳した。
「ウヒッ……! 痛いねぇ、重症だねぇ、いろーんな意味で。ヒヒヒッ、だから特別に、とっておきの魔法を掛けてあげる。『痛いの痛いの飛んでいけー』」
マッドドクトールは長い袖越しに、コジルドの千切れた腕を優しく摩り、痛みを飛ばす素振りで片手を大きく広げた。
「イデデデデェーーッ! 気安く傷口に触れるでない! とっておきなどと吐かしおって、全然痛みが引かぬではないか!」
コジルドは千切れた右腕を即座に引っ込め、唾を散らしながらマッドドクトールに怒声を放つ。
多分だが、マッドドクトールの言う『痛いの痛いの』って、お前の事だと思うぞコジルド……!
「おかしいなぁ。痛いのがどこにも飛んで行かない。ヒヒヒッ、それに幼稚な怪我くらい、これで鎮痛できるはずなのに」
「我はガキか、ショタか! 医者がこんな非常時に、子供騙しな呪いを唱えるなど、マジないわ!
子供じみた事故原因ではあったが、どう見ても幼稚な怪我ではなかろうに、この愚か者がぁ!」
埒が明かないと悟ったのか、コジルドはマッドドクトールに背を向け、足早にデュヴェルコードの元へと駆け寄った。
「側近小娘よ、確か貴様は再生薬を常備しておったな!? 我が正しく使ってやる、今すぐ差し出すのだ!」
「清々しいほど強引ですね、コジルドさん。しかしお断りします。この再生薬は、ロース様のために常備している物なので。
その代わりと言っては何ですが、わたくしに良い案がありますよ!」
「て、手短に話せ! 我が我でいられる内に、早く! 右腕の激痛が激しいのだ!」
コジルドは左手で千切れた右腕を庇いながら、苦しげな表情でデュヴェルコードを睨みつける。
「『激痛が激しい』とは、気持ち悪い表現ですね。まるで『変わった変態』のような気持ち悪さ……まぁそれだけ痛いのでしょう。
コジルドさん、アレを使うといいですよ! コジルドさんにピッタリです!」
デュヴェルコードは医療エリア内の隅へと、勢いよく指を差す。
「ア、アレをだと……!」
その先には、ベットに横たわるデュラハンの亡骸が……。
「念願ですねコジルドさん、欲しがっていたデュラハンの右腕を、移植すればいいですよ。はいっ名案!」
顔を少し傾けながら、コジルドにニッコリと笑顔を向けるデュヴェルコード。
「こんな惨事に、馬鹿げた事を吐かすでない! 誰がそんな愚案に賛同するのだ、この頭の中お花畑エルフが!」
コジルドは当てつけのように、左手で自身の頭を力強く指差し激怒する。
そんな馬鹿げた提案を、先ほど俺にしてきた事を忘れたのか、この厨二野郎……!
「ったくコジルドは、見てられん」
俺はダンベルを握ったまま硬直しているコジルドの右手を、傷つけないよう慎重にもぎ取る。
そしてニヤニヤと怪しい顔つきで見物しているマッドドクトールに、コジルドの右手を差し出した。
「マッドドクトールよ、あのコジったヴァンパイアの右腕を治してやれ。見るに堪えない痛々しさだ」
「ウヒッ、どういう風の吹き回しですか、ロース様? 見捨てられてもおかしくない醜態を晒す、魔王城一の嫌われ者ですのに」
「風の吹き回しでも何でもない。ただあんなヤツでも、同じ魔族として見過ごせないだけだ。
根はいいヤツだし、治してやってくれ」
「ヒヒヒッ、皮肉ぅ。ロース様、それ褒めていませんよね。褒める所がないから取り敢えず的な、決まり文句に聞こえますよぉ」
「いや、一応は褒めたつもりなんだが」
「では逆にぃ……根が悪いヤツって聞いた事あります?」
「………………ないな。根が悪いって、ただのド悪党だな。無意識に決まり文句を言っていたようだ、すまない。
しかし、腕は腕で治してやってくれないか?」
なんだ、この妙に説得力のある理屈は……!
不気味な印象が強いせいで、コイツを悪辣に捉えがちだが、意外とマトモな事を言う頻度は多いよな。
「ヒヒヒッ、かしこまりー。麻酔なしで、オペっちゃおうかなぁ」
その『意外とマトモ』を台無しにする程の、本気でゾッとするような発言も多いがな……!
マッドドクトールは俺の手から、乱暴にコジルドの千切れた右手を掴み取った。
そして千切れた短い右手と、友達のように手を繋ぎ、マッドドクトールは軽快なスキップでコジルドの方へと向かっていく。
今から患者にくっ付ける右手を、壊れたぬいぐるみの片手みたいに扱うなよ。一応は名医だろ……!
粗末な扱いをしながら、マッドドクトールがコジルドに近寄った瞬間。
「はいこれっ! 『トゥレメンダス・アタッチメントリペア』!」
間髪入れず魔法を唱え、激痛に悶えるコジルドの右腕に、一瞬で千切れた右手を結合させた。
「ききっ貴様! ノーモーションでくっ付けるでないっ、驚くであろうが! それに消毒くらいせぬか、我は患者っ……おい貴様、どこへ行く!」
クレーム中にも関わらず、マッドドクトールはコジルドに見向きもせず、足早に俺の元へと戻ってきた。
「ウヒッ、ヒヒヒ。ロース様、リハビリテーションを再開しましょう!」
何事もなかったように俺の前で立ち止まり、リズミカルに体を揺らし始めたマッドドクトール。
「あんな惨事が起きたのに、あっという間の出来事にしてやるなよ。怪我人に対して、もう少し親身に付き合ってやれないのか……」
「ヒヒヒッ、今は患者より大好物の筋肉です。さぁさぁロース様、腕がはち切れるほどの鬼トレといきましょう!」
「だから、これはリハビリだろ。鬼トレとか言うなよ」
俺は唖然としながら、再び超重量のダンベルを右手で握り締めた。




