21話 筋増療法1
デュヴェルコードとコジルドの仲裁に入ろうとした俺を引き止め、治療完了の報酬を催促してきたマッドドクトール。
「い、いったい……今回は何を望んでいるのだ? 言っておくが、前回みたいな頭の中を物理的に覗きたいなんて無茶な要求は、絶対に却下だからな」
俺はトラウマになりかけた前回のやり取りを思い出しながら、声を震わせマッドドクトールに念押しする。
「ウヒッ、ヒヒヒ。ロース様、顔が強張っていますよ。大丈夫です大丈夫です」
マッドドクトールは不気味な笑みで、クイクイと俺の服を引っ張り続ける。
「その笑顔で大丈夫と言われてもな……。不安が募る一方なのだが」
「ご心配なく。ウチが欲しいご褒美は、もちろん今回も筋肉鑑賞です。筋肉フェチにとって、ロース様の肉体美はご馳走ですから。
でーもっ……ヒヒヒ。今回はロース様にとっても、利得のある要求ですよ」
「私も得をするだと?」
「ヒヒヒッ、ウチが欲しているのは、言うまでもなく目の保養。力強い筋肉を拝む事こそ、至福であり贅沢。
そして目の前に、再生ホヤホヤなロース様の右腕が1本。しかしながら完治はしたものの、究極とは言い難い新しい右腕。その右腕は、鍛え直す必要があります」
「言われてみれば、確かにな……」
俺は再生直後の右腕をクルクルと回し、全体を注意深く目視してみた。
運動に違和感などはないが、マッドドクトールの言う通り、何処となく以前より腕が細くなったかもしれない。
「もうお分かりですよね? お互いがウィンウィンになれる、今回のご褒美」
「き、筋トレか……?」
俺が予想を口にするなり、マッドドクトールは片手の長い袖越しに、俺の右腕を指差してきた。
「ウヒッ、大正解! ウチの目の前で、筋トレという名のリハビリテーションに勤しんで貰いますよ。ヒヒヒッ、筋力回復療法と参りましょう。
以前よりもっと強靭な右腕に仕上がる様を、特等席で見させてくださいね!」
マッドドクトールは不気味な顔面を俺に近づけながら、興奮を露わに荒息を吐き始めた。
「近い近いっ。やってやるから、その気味の悪い荒息を止めろ」
俺は荒息を胸にかけられながら、マッドドクトールの両肩を掴み、ゆっくりと押し離した。
「それで? まずは何をすればいい」
「ヒヒヒッ。まず最初は、器具で負荷でも掛けちゃいましょう。鉄亜鈴をご用意しますね、『クリエイトオブジェクト』」
マッドドクトールは床に長い袖を翳し、魔法でダンベルのような鉄の塊を出現させた。
しかし……。
「おい……マッドドクトールよ、始める前に少しいいか? これってリハビリだよな?」
俺は出現したダンベルに疑問を抱き、マッドドクトールに質問する。
「はい」
「はいって……横長ソファー並みにデカいんだが、この鉄の塊」
そう、俺の前に出現したのは、明らかにリハビリには適さない程の、超重量のダンベルだった。
「歴としたリハビリテーションですよ。ウヒッ、ウチは持てないけど、1トンオーバーってところかなぁー。特別に、密度の高い特殊物質、ヘビータイトで生成してみましたぁ」
「そんな超重量を軽々しく申すな。どう見ても規格外だろ」
俺は引き攣った顔で文句を言いつつ、黒光りした巨大なダンベルを右手でグッと握った。
そして足腰に踏ん張りを利かせ、右半身のラインを沿うように、ダンベルを太腿の高さまで持ち上げてみる。
「………………自分が怖いな、意外と持ち上がったぞ」
まさかとは思いながら、俺はダンベルをお弁当バッグのように、造作もなく持ち上げた。
考えてみれば、先ほどの『魔王の鉄槌』で使った岩の方が重たかったし、このダンベルを片手で持ち上げられてもおかしくない話か……。
「やってみれば、持ち上がるものだな。凄まじく重たいが……!」
「ウヒッ、さすがロース様。鉄亜鈴をキープする、引き締まった腕が美しい」
ダンベルを持つ俺の右腕を見つめ、マッドドクトールは体をリズミカルに揺らし始めた。
そんな時。
「フハハッ! 何やら楽しげなイベントをなさっておりますな、ロース様!」
先ほどまで言い争っていたコジルドとデュヴェルコードが、いつの間にか俺たちに近寄り様子を窺っていた。
「見ていたのか、お前たち」
「インタレスト……! 少々気になり、野次馬と化しておりましたが、なるほど……。随分と軽そうな鉄クズでありますな」
「いや、見た目以上にかなり重たいぞ。ヘビータイト製らしいからな」
「ご冗談を。この軽率ドクターが出現させた鉄クズなど、きっと中身もスカスカのはずですぞ!」
コジルドはスカした表情で、ダンベルの端を指でコンコンと突いてみせる。
「ウヒッ? なんか痛い痛いヴァンパイアが、横からチョッカイ入れてきたぁ。
ヒヒヒッ、君には到底持てないんだから、お口チャーック!」
「なんであるとっ! ロース様、我に替わってくだされ! このクレイジードクターは不敬である、目にものを見せてやりますぞ!」
「おいおいっ、何をそんな熱くなって張り合おうとしているのだ。替わってやるのは別に構わないが、気をつけろよ? 冗談抜きで重たいぞ」
俺は床を破壊しないよう、その場にゆっくりとダンベルを置いた。
そしてムキになった様子のコジルドと、立ち位置を入れ替わる。
「こんな鈍ら如き、容易いっ! ドヤァーーッ!!」
コジルドは右手で力強くダンベルを握り締め、持ち上げようと必死な顔つきで踏ん張り始めた。
「フ、フハハッ! あと、あと少々!」
持ち上がる気配は全くなさそうだが、コジルドは諦めずダンベルを持ち上げようと踏ん張り続けていた。
その時。
――バキッ!!
コジルドの右腕から、思わず耳を塞ぎたくなるような悍ましい音が鳴った。
「ガァーーーッ! 我のライトアームがぁーーー!」
ダンベルに無惨な形で残された、コジルドの右手。
「右手の感覚がないっ、て言うか我の右手がない! ガァーーー!」
悍ましい音が鳴ったと同時に、コジルドの右腕は……。肘を境に、痛々しく千切れてしまっていた。
――コイツは無意味な横槍を入れておきながら、本当に何がしたかったんだ。大惨事じゃないか……!