20話 大治療費3
魔王城に帰還するなり、大扉の前でコジルドに足止めを食らった俺たち。
「久しぶりに部下を泣かせましたね、ロース様」
しかし俺の発言により、何故か涙を流したコジルド。重たい雰囲気に居た堪れなくなった俺は、デュヴェルコードを連れて足早にその場を後にし、医療エリアへと向かっていた。
「あれはコジルドが勝手に泣き出したのだろ。そもそも泣くほどの事か? 私の新技に変梃な名前をつけるから、却下しただけだぞ」
「確かにおっしゃる通りですね。わたくしもロース様があんな技名を隣で叫ばれたら、顔を背けるかもしれません」
俺たちは次々とダメ出しを吐きながら、医療エリアに通じる通路を進み続ける。
「グリーフ……! 涙のひとつも流したくなりますぞ、ロース様。我が考案したロース様の新技ですのに……」
歩く俺たちの背後から、ボソボソとコジルドの悲嘆が聞こえてくる。
そんなネガティブな呟きに、俺は足を止める事なく、顔だけを背後に振り向かせた。
「居たのかよ、てか何でお前まで着いて来るのだ? 一瞬、背後霊かと思ったぞ」
「今のおふたりを見る限り、相当なダメージと疲労を抱えておられるはず。万が一の場合に備え、我が守護するべきであると思い、お供しております。
トワイライト……! 例えお仕えすべきロース様に罵られ、思わせぶりを食らい、我の心が病み腐ろうとも……!」
俺たちの後ろを着いて歩きながら、虚ろな様子で高い天井を見上げるコジルド。
もうとっくの昔から、お前は心に病みを抱えているだろ、厨二野郎……!
「ところで、ヘコみモードのコジルドさん、レア姉はどちらですか?
まさかまだロース様の捜索に出たっきり、お帰りになってないとか。キレ者のレア姉に限って、あり得ないとは思いますが……」
「そこは安心するがいい、麗しい姉を持つ妹属性よ。既に魔王城に戻っているぞ」
「そうですか、それなら安心しました」
コジルドに顔を向けて歩きながら、ホッと胸を撫で下ろすデュヴェルコード。
「先の爆音で、恐らく貴様の姉も悟ったのだろう。貴様がロース様との接触を果たしたと。
それで捜索を切り上げ、魔王城に戻ったと思われるぞ。我がしたようにな」
「お前、よくひとつの爆音だけで、デュヴェルコードが私と接触した事が分かったな。少し感心したぞ」
俺が少しだけ褒めるなり、コジルドは分かりやすいほど素直に、表情をパッと明るく輝かせた。
「フハハッ! その程度の読み、容易いですぞ! あれ程の天地を揺るがす衝撃と爆音など、ロース様の爆裂パンチ以外にあらず! そこで我は悟ったのです、ついでに恐らくレアコードも。
ロース様がおひとりの状態で、体力と片腕を失うワンチャン限りの大技を、繰り出すような愚行に出るはずがないと! つまりはその時点で、我以外のダークエルフ姉妹どちらかが、既に接触していると判断したまでですぞ!」
「なるほど、大した推察だ」
コジルドの熱弁を聞くなり、俺は表情を隠すように顔を正面に向け直す。
本当はただ恐怖に駆られて、一心不乱に爆裂パンチを暴発させただけなんだが……。
しかし今回の一件で、コジルドを含め配下たちの事を少し見直した。
普段は世話ばかり焼かされるが、自分たちだけで乗り越える困難に遭遇したら、案外コイツらも臨機応変に立ち回れるんだな。
「そして一足先に魔王城へ戻った我は、ロース様をお出迎えしようと、大扉の前で待機しておりました」
「レア姉は一緒ではなかったのですか? せっかく可愛い妹が、ターゲットを連れて帰ったのに」
依然として背後に顔を向けたまま、コジルドに質問するデュヴェルコード。
俺が隣にいるのに、魔王をターゲット呼ばわりするなよ……!
「あの美貌娘なら、我がここへ戻るなり『堪らなく気分が悪くなった』と申してきたぞ。
我はふたりでロース様のご帰還を待とうとしたが、健康が第一である故、大事をとって休めと忠告してやった。まったく、我はなんとジェントルなのだ」
「「…………………………」」
コジルドの語る回想に、俺とデュヴェルコードは口を閉ざす。
「ついでに我が直々に、彼女のサンクチュアリまで運んでやるとも申したのだが、黙って足早に去って行きよった。
フハハッ! 一種の照れ隠しか、或いは素直に慣れないプライドであろうな。みすみすお姫様だっこの機を逃すとは、あの痛恨の極み美女め」
高らかに笑い声を上げ、気持ち良さげに語っていくコジルド。
何がジェントルだ、どうすればここまで能天気な思考になれるのだろうか……!
単にレアコードは、魔王城一の嫌われ者とふたりっきりで居るのが、嫌だっただけだと思う。きっと聞く耳も持たず、冷たく立ち去ったのだろうな……。
コジルドが意気揚々と俺たちの後ろを着いて来る最中、デュヴェルコードは正面に顔を向け直し、俺にツンツンと指を当て合図を送ってきた。
「ロース様、ご相談が。後ろの勘違いジェントルに、真実を教えるべきでしょうか?」
「止めとけ。『知らない方が幸せな事もある』のお手本が、まさに後ろの可哀想なジェントルだ」
ヒソヒソと喋りかけてくるデュヴェルコードの声量に合わせ、俺も小声で返事をする。
「もう、イラッとくるを通り越して、不思議に思い始めました。タダでさえ痛々しくコジった嫌われ者が、これ以上嫌われる言動をしてどうするのかと。
コジルドさんの嫌われパラメーターは、とっくにカンストしているのに、限界突破でもするつもりなのでしょうか。もはやチートですね」
「カンストだのチートだのって、酷い皮肉だな……。コイツみたいなタイプが、1番面倒臭いプライドを持っているんだ、波風立てずにソッとしておいてやれ」
「今のロース様も、なかなかエグい同情でしたよ……」
コジルドに聞かれないよう、ふたりでヒソヒソと会話していた矢先に。
「着いたか。また戻ってきたな、この医療エリアに……!」
俺たちは、医療エリアの前に到着した。
「ロース様、早く失った片腕を再生してもらいましょう……ヒソヒソ……」
依然として小声のまま、デュヴェルコードは先を急ぐ様子で、俺の左手を取りクイクイと引っ張ってきた。
「デュヴェルコードよ、そこは小声で喋る必要はないぞ。むしろ急かすなら、声を張ってくれ」
それに『ヒソヒソ』なんて擬音語、先ほどまで使っていなかっただろ。この子はこの子で、相変わらずズレた性格だな……!




