20話 大治療費2
汚い池の窮地を切り抜けた俺たちは、デュヴェルコードの『テレポート』で魔王城へと帰還した。
「何だかこの城に帰った途端、心が落ち着いてきたな。見慣れた正門だが、内側にいるだけで張り詰めていた気が和らぐよ」
「確かにロース様が長い眠りから目覚められて以来、城外に出られたのは初めてでしたね。いかがでしたか、外の世界は?」
互いに全身ずぶ濡れのまま、横並びの状態で質問してきたデュヴェルコード。
「私にそれを聞くか? 嫌な思いしかしなかったぞ……!」
俺はデュヴェルコードを尻目に掛けながら、城外での出来事を思い出した。
そんな矢先に。
――テキチッ!
俺の隣で、デュヴェルコードのクシャミが再発した。
「おい、大丈夫か? またややこしいクシャミが出ているが」
クシャミに反応し、デュヴェルコードの様子を見てみると、小さな体を小刻みに震わせていた。
「ど、どうやら『クリスタルドーム』を解除したせいで、またプラントパウダーが鼻に……テ、テキチッ! あ、あと寒いです……」
「………………それはずぶ濡れだからだろ、風邪引くなよ」
「か、風邪なんてパカが引くものです! わたくしが引くわけありません!
ついでにご忠告しておきますが、どさくさ紛れに、『可愛いお前をあっためてやろう』と、抱きついたりしないでくださいね!」
カタカタと寒そうに震えながら、デュヴェルコードは警戒の眼差しを向けてくる。
「そんな鼻の下を伸ばすような抱擁などせんわ、私に下心があると思うのか?」
「いいえ。今のロース様に抱きしめられても、全くあったまらないので、非効率な抱きつきはご遠慮していただきたいと思いまして。
ロース様もわたくしと同じく、ずぶ濡れですから。あと腕が1本足りませんし」
「そっちかよ。て言うか片腕でも抱擁くらいできるわ。
いいからクシャミが悪化する前に、早く結晶のドームに身を包め」
「それが……。本日は朝からかなりの魔力を消費しているので、これ以上の魔法は厳しいで……テ、テキチッ!」
デュヴェルコードは魔力不足をアピールするように、グッタリとした様子でクシャミを放つ。
考えてみれば、膨大な魔力量を必要とする蘇生魔法などを、朝からかなり使っていた気がする。
「そうか、お前の疲労を把握してやれず、すまなかった。こうなれば、魔王城内に避難するのが得策だな。
プラントパウダー対策と、お前の魔力回復のために」
俺は無傷の左手でデュヴェルコードの手を取り、先導するように魔王城内に向け歩きだす。
すると俺に合わせ、デュヴェルコードもワンテンポ遅れて歩きだした。
「是非そうしましょう! 加えて、ロース様の右腕も再生しないといけませんね!」
「そうだな。あの再生薬は、まだお前のポケットに入っているのか?」
「念のために常備はしておりましたが……。もったいないので、彼女に治療をさせましょう」
デュヴェルコードの提案に、俺は思わず足を止めた。
「彼女って、まさか……」
「はい、先ほど蘇生させた名医、マッドドクトールです」
「で、ですよねぇ」
「苦手意識をお持ちでしょうが、彼女に治療をさせた方が治りも早いです。
わたくしだって気に食わないヤブ名医ですが、仕方ありません」
「し、仕方ないかぁ。贅沢は言わないでおく……」
俺はマッドドクトールの不気味な顔をひとり思い出しながら、再びデュヴェルコードと歩きだす。
そして城内に通じる大扉の前まで辿り着き、片方の扉を左手で開けた。
すると。
「フハハッ! お似合いなご帰還ですな、ロース様!」
そこには待ち伏せしていた様子で、マントを派手に靡かせるコジルドが立っていた。
「お似合いとはどういう意味ですか。それはロース様がずぶ濡れだからですか? それとも片腕が消失したお姿の事ですか?
どう捉えても、その第一声は無礼ですよ、コジルドさん」
「えっ、いや我は……」
予想だにしていなかったのか、突然の問い詰めに戸惑うコジルド。
「デュヴェルコードよ、多分だが揶揄われている内容が違うぞ。俺たちが並んで歩いているからだろ」
「えっ! そうなのですかコジルドさん!? わたくしはロース様の側近ですよ! 隣を歩いて当然の立場を揶揄うのでしたら、容赦なくあなたを抹殺しますからね!」
顔を真っ赤に染め、たかが軽いジョークをどんどん大袈裟に捉えていくデュヴェルコード。
「クライシス……! たかが『お似合い』と口にしただけで、なぜ貴様に我の生死を委ねなければならぬのだ。ただのユーモアに、感情も話も熱くなり過ぎではないか?」
「そうだぞデュヴェルコード、少し落ち着け。言葉ひとつに突っかかっていては、身が持たないぞ」
この世界に転生して学んだ、俺の持論だが……!
鎮静化を図るなり、デュヴェルコードは気持ちを落ち着かせる様子で、大きく深呼吸をした。
「ふぅ、そうですね。コジルドさんが相手ではキリがありませんし、大人気ない噛みつきは止めましょう。わたくしもロース様も、万全には程遠い状態ですし」
「詫びる気はなさそうだが……まぁ良かろう。ロース様のご帰還に免じて、不問としてやる」
コジルドは釈然としない様子で、俺たちに向かい歩みを寄せてきた。
「ところでロース様、いかがでしたかな? 新技『魔王の鉄槌』カッコ仮の感触は」
「言うまでもないと思うが、改良の余地しかないな。て言うかカッコ仮って何だよ」
「いえっその、正式名にするには……スパイスに欠けるネーミングと申しますか。もう少し迫力やロマンを注がれてはと思いましてな」
「まだ技名の件を引きずっているのかよ」
申し訳なさそうに、頭をポリポリと掻き始めたコジルド。
しかしコジルドのダメ出しにより、俺は岩に飛ばされている間に連想していた、バードストライクの事を思い出す。
「なら試しに、『ロース・ストライク』という名はどうだ?」
俺が案を出すなり、コジルドはハッと表情を変え、顎に片手を添えた。
「ほほぅ、レジェンド……! なかなかクールで相応しい技名だと思いますぞ」
「そ、そうか」
軽はずみで言ってみた技名だったが、コイツに褒められた途端、堪らなく不安になってきた……!
「ロース様。その素晴らしき技名に、シンプルさを求めてみてはいかがですかな」
「シンプルさ、だと?」
「はい。その名も、『ローストライク』」
「ロースト……ライクって」
何だよ、その蒸し焼き大好きみたいな技名は。やはりコイツ基準のカッコいいはダメだ、当てにならない……!
「これまでに出た候補の中で、1番却下だ。お前が合格点を出さなくても、『魔王の鉄槌』に決めるからな。はい、以上だっ」
「さ、左様ですか……」
コジルドは悲しげな表情で、少し俯きながら……なぜか一粒の涙を落とした。
「………………泣くなよ。て言うか何で泣くんだよ。涙が出るほどの事か?」




