19話 飛石注意9
コジルドの考案した新技を試していた矢先に、俺は最悪な事態に陥ってしまった。
それは魔王城外まで飛ばされた挙句に、汚い池へ落ちてしまった事だ。
「ゴボッ! だ、誰がいないのがーっ!」
真に最悪なのは、池が汚いからではない。池ポチャした俺が、泳げないからだ……!
この魔王の体が、泳げない体質ではないと思う。筋力や敏捷性に優れており、思い通り以上の動きだってできる。
しかし問題なのは、その体を操る俺自身が、生前から泳ぎ方を知らなかった事だ。
「ゴボッ! こんな事になるなら、必死で泳げるようになるんだった。ゴボッ……!」
俺は体が沈まないよう、手足をぎこちなく動かし続ける。
同時に、俺の脳裏に生前のトラウマが過っていた。
――忘れもしない。俺が泳げないキッカケとなった、恐ろしいトラウマ……!
それは幼少期の事。
俺、流崎亮はある日、姉ちゃんに連れられた旅行先で、恐ろしい体験をしてしまった。
俺の姉ちゃんは、足湯が好きだった。しかしその日は、足湯とは少し違う場所に連れられた。そこには確かに足を浸けるための槽があったが、その中に俺の見慣れない生物も入っていた。
それは人の古くなった角質を食らう、ドクターフィッシュ。
姉ちゃんは楽しそうに足を浸けて、ひと時を満喫していたが、俺は楽しむ事なんてできなかった。
小魚に群がられ、足をイジられる事に強い抵抗感を抱いていた。
そんな時、事件は起こった。
姉ちゃんが、『角質だらけの足で帰る気? 10秒数えるまで、足を上げてはいけません』と言いながら、俺の太腿に座り込んできた。
俺は抵抗虚しく、唇を噛みながら人生で最も長い10秒間を生き抜いた。
秒刻みで植え付けられていくトラウマ。
足に群がり啄んでくる小魚。
キレイになっていく小さな足……。
その苦に満ちた10秒間を経て、俺の幼い心はある対処法を導き出した。
――水辺を避ければ、今後この小魚たちに会う事はない。
その対処法を心に刻み続け、同じ恐怖に出会う事はなくなった。
しかしその反面、泳ぎ方もろくに学ばず人生を過ごしてきた。
その結果、俺は異世界の汚い池で、溺れかかっている……!
巡り巡って、こんな窮地に陥ってしまうとは。
「だ、誰でもいい、誰かいないのか! ゴボッ!」
俺は必死に水面から顔を出し、バタバタと水を掻きながら叫び続ける。
浮き沈みを繰り返しながら、少しずつ消耗していく体力。
叫ぼうと口を開く度に流れ込んでくる、体に害しかなさそうな汚水。
まるで野次馬のように集まり始めた、つぶらな瞳の小動物たち。溺れた魔王なんて珍しいだろうが、見世物じゃないぞ……!
焦りと恐怖で、嫌でも体が暴れてしまう。少しでも落ち着きを取り戻さないと、このままでは体力が。
「ゴボッ! だ、誰かいないのか! ゴボッ!」
俺は落ち着こうと意識するも、焦燥に駆られて暴れながら叫声を上げ続ける。
そんな時。
『――ロース様っ、ロース様っ! どちらですか!?』
池を取り囲む林の中から聞こえてきた、俺を呼ぶデュヴェルコードの声。
『この近くでロース様のお声が聞こえたような! いえ気のせいですね、絶対! きっと空耳です!』
「デュヴェルコード……かっ! ゴボッ、気のせいではない! 私はごごだ!!
消極的な思考を、自分に言い聞かせるな!」
俺はデュヴェルコードの呼び声に応えるよう、バチャバチャと水飛沫を立てながら、ありったけの声量で叫んだ。
すると。
――ガサガサッ……バキッバキッバキッ!
「ロース様っ、ご無事でしたか!」
魔法で木々を薙ぎ倒しながら、結晶のドームに身を包んだデュヴェルコードが、林の中から姿を現した。
何だかこの側近の方が、俺より遥かに魔王じみた登場を熟すよな……。
「は、早くデュヴェルコード! 溺れ、ゴボッ!」
「えぇーーっ! あの運動神経だけは抜群のロース様が、こんな汚いお池で溺れかかって、どうして!?
あの運動神経だけはズバ抜けのロース様が!」
驚愕した様子で、アタフタと戸惑うデュヴェルコード。
「『だけは、だけは』うるさい! 唯一の取り柄を失ったみたいに言うな!
しかし溺れているのは事実だ、早く助けっ、ゴボッ!」
俺は怒りと焦りを露わにしながらも、助けを求めるようにデュヴェルコードへ片手を伸ばす。
「お、落ち着いてお待ちください! 今すぐにお助けします!」
デュヴェルコードは結晶のドームを内側から転がし、走って池へと向かってきた。
「『クリスタルドーム』解除! そして、『ウォーター・リーンフォースメント』!」
転がす結晶のドームを消失させ、同時に水耐性の支援魔法を唱えたデュヴェルコード。
「ドームなしで大丈夫なのか!? また紛らわしいクシャミが、再発するのでは……!」
「短時間なら耐えてみせます! それに今は、ロース様の救助が最優先です!」
デュヴェルコードは池の手前に差し掛かるも、スピードを落とす事なく走り続け。
「いきますっ!」
走る勢いのまま、池へと飛び込んできた。
「うそっ……かっけぇ飛び込み……!」
デュヴェルコードの飛び込む姿に、俺は目を奪われてしまった。
――その姿はまるで、競泳の選手。
魔族の中でも比較的に小さかった体が、今は誰よりも頼もしく見える。
それ程までに、力強く見事な飛び込みを披露してくれた。
普段は魔法に頼りっきりで、肉体を使う事に無頓着だったこの子が……!
何だか少し嬉しい感覚もある、意外な一面を見る事ができたな。
魔王の溺れる、汚い池でだが……!
「な、何にせよ、これで助かりそうだ」
デュヴェルコードの華麗な飛び込みを目にして、俺は助かってもいない内から、少し安堵してしまった。
しかし……!
「ゴボ、ゴボボッ! ロロロ、ロース様っ、ヤバいです!」
デュヴェルコードが水面に浮上してきた途端、様子が乱れ始めた。
「何だ、どうしたっ! ゴボッ!」
「み、水が汚くて泳げないです、ゴボッ! できれば助けてください」
溺れる俺の目の前で……。
デュヴェルコードが、溺れ始めた。
「どどど、どんな理由だ! 最高の飛び込みしたくせにっ! ゴボッ!」
俺たちは揃いも揃って同じ池で溺れると言う、更なる窮地に陥ってしまった。
やはりこのお約束大好きっ子は、完璧を台無しに変える天才だな。
――助けに来たヤツも一緒になって溺れるって、ただの地獄絵図じゃないか……!
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