3話 魔王責務4
魔力を使い果たしたデュヴェルコードを背負い、俺は魔王城の中へと歩き出していた。
「申し訳ありません、ロース様……。動けない側近を、背負われる羽目になってしまい……面目も立ちません」
「気にする事はない。お前の行動を制御できなかった、私にも責任がある。
それに、外で回復を待つわけにもいかないしな。一旦、先ほどの寝室に戻るぞ」
俺は顔を前方に向けたまま、背に負うデュヴェルコードへ行き先を伝えた。
「はい。軽い身ではありますが、ご足労をおかけします」
デュヴェルコードの言う通り、確かに軽いな……。背丈は140センチ程度だろうが、それにしても軽く感じる。
この魔王の体が、剛腕すぎるだけか……?
「なんだか、こうして運ばれていると思い出します……」
考えを巡らせていた矢先、背中から余韻に浸るような小声が聞こえてきた。
「ん? 何をだ?」
「以前は、立場が逆だったなぁ……と、思い出しまして。まさか、わたくしが運ばれる側になるとは」
「そうなのか。今の私には、その記憶すらないゆえに……。すまないな。
戦闘後の疲労した私を、運んでくれていたのか?」
俺の背中に預けてある小さな頭が、左右に振られる感触が伝わってきた。
どうやら、戦闘後の運搬ではなかったようだ。
「いいえ、別件です。これを聞いて、少しでも思い出していただければ……。
ロース様はよく、星空を眺められていました。不規則に散りばめられた星々を肴に、おひとりで晩酌を嗜まれる日もあったくらいです」
「星か……。確かに星空は、眺めていて気分が良くなるものだ。
だがそれと運搬と、どういう関係が?」
「お酒に酔っているのか。それとも、ムードに浸るご自身に酔っているのか……。
幻想的な星空の下でロース様はいつも、おひとりで酔い潰れておられました。しかも正門前で、風情をぶち壊すほどデロデロに。
そんな酔い潰れたロース様を運ぶのも、わたくしの務めでした」
デュヴェルコードは、懐かしそうに語っているが……。
お酒を飲んだ事のない、俺でも分かる。
前魔王……さすがに、ダサいぞ……!
「よ、よく憶えていたな……。しかし、どうやって運んでいたのだ?
この体格差だと、引き摺って歩く事も難しいだろ」
「浮遊魔法の『フロート』を使っていました。
ロース様をロープで繋ぎ、わたくしの背後にフワフワと浮かばせ、運んでいたのです」
「…………風船扱いかよ。フワフワと飛んで行かないように、リードを張った風船かよ。
まさか、私に魔法をかけて運んでいたとは」
想像したくもないな、そんなシュールな魔王の姿……!
しかし……。
再び俺の背中に、デュヴェルコードが頭を左右に振る感触が伝わってきた。
「いいえ、違います。『フロート』をかけていたのは、ロープの方です」
さらりと飛び出した衝撃発言に、俺は思わず足を止めた。
事実の方がシュール……いや、残酷だった。風船どころか、吊し上げじゃないか……!
さすがに、ロープを首に繋いだりしていなかったよな……。
「ロース様、いかがなさいました?」
「い、いや。なんでもない……」
俺は言葉を詰まらせながら、再び歩き出した。
大きな城の中で、小さな疑心を抱きながら……。
「それにしても、広い城内だ」
デュヴェルコードを背負い歩きながら、俺は城内を見回し小声を漏らす。
先ほどは、魔法で正門に直行だったため、城の外装しか見ていなかった。
分厚い壁に囲まれた城内に広がるのは……。
広々とした各区画に、入り組んだ階段たち。どこまでも続いていそうな、長い廊下。
しかし、内装の様子は……。
「そこら中、ボロボロだな。これが完全攻略された爪痕か……」
壁や床、装飾などの至るところに、激しい戦闘の痕跡が残っていた。
ここで、俺の想像を絶する死闘が、繰り広げられたのだろう。城を守ろうとした、エリアボスたちの死闘が……。
名も姿も知らないエリアボスたちだが、この光景を目の当たりにすると。
「なんだか、胸が痛むな……!
デュヴェルコードよ、十分な魔力が戻るのに、どのくらいの時間がかかりそうだ?」
少しでも早く、そして少しでも多くのエリアボスたちを、復活させてやりたい。
懸命に戦った事への敬意と、勇者を迎え撃つための即戦力として。
「47時間程度です」
「おい……。ほぼ2日じゃないか……!
3日後には、勇者が来るのだぞ。1時間程度にまからないか?」
「わたくしに、魔法の摂理を超えろと?
パカみたいな無茶振りですね」
こんな事を思うのもなんだが、なぜあの時。
「はぁ……。数分前に戻って、お前を止めたいよ……」
――なぜあの時……。
試しにゴブリンなんて蘇生したんだっ……!