表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
179/304

19話 飛石注意8





 新技用の岩を投げた途端、鎖でつながっていた俺の右足が、引っ張られるように地面から浮き上がった。


「おいっ、まさか……!」


 俺はピンと張った鎖を両手でつかもうと、咄嗟にかがみ込もうとした。


 しかし。


「――ぐぅあぁぁぁーーー!!!」


 間に合うはずもなく、俺の体は岩に繋がったまま、勢いよく空中へとさらわれた。

 俺はなすすべなく、バンザイの体勢で足から引っ張られていく。


 ヤバいヤバいヤバいっ、絶対にヤバい……!


 空中では踏ん張りも利かないため、頼りの怪力もまともに使えない。仮に使えたとしても、好適こうてきな使い道がない。そしてこのアクシデントをくつがえせるような、相応しい魔法も持っていない。


 そんな危機的状況で、助かる方法など……!


「これだっ、届けーっ!」


 高速で流れる視界の中に、かすかな希望が見えた。

 それはこの岩の弾道付近にある、魔王城最上階の壁。灰色のブロックで構成された頑丈がんじょうな壁に、今はしがみ付くしか方法が……!


 俺は唯一の微かな希望へ、必死に両手を伸ばす。

 すると奇跡が起こったのか、こんな高速飛行中にも関わらず、壁のはしを両手でつかむ事ができた。


「スゲェ奇跡! って……おい嘘だろ!」


 しかし喜んだのもつかの間。


 ――ボゴッ!


 俺の両手につかまれたまま、盛大に破損した城の壁。


 壁の耐久たいきゅう力が岩の勢いに負けてしまい、まるでお菓子の家みたく、城の壁がはしから数メートルに渡り割れてしまった。


「ふざけんなっ、ウエハースかよっ!!」


 俺は依然として岩に引っ張られながら、ぎ取ってきた城の壁を、怒りに任せて放り投げる。



「――ロース様ーっ! ただちに追いかけまぁ……」


 次第にき消えていく、デュヴェルコードの叫声。


「ぶるぶるぶるぶるぶるっ! ぎぎぎぎっ、聞こえないぞぞぞぞ!」


 乱気流に巻き込まれたように、俺の体は激しく上下左右にあおられながら、魔王城の敷地しきち外へと引っ張り出された。


「がががががっ、風が! 気流が! まるで飛行機に引っ張られる、横断幕じゃないがががががっ!」


 台風の中を飛んでいく凧上たこあげのように体をあおられては、まともに発声する事も難しい。


「だだだだ、誰か、止めろぉーー!」


 俺は叶うはずもない悲痛な願いを、天に向け叫んだ。そう、決して叶わぬ願いを……。


 悲観ひかん的になるのも当然だ。なぜなら俺を牽引けんいんしながら飛んでいくこの岩は、まぎれもなく俺自身が投げたのだから。

 自分でよく分かっている。この剛腕で思いっきり投げた岩が、そう簡単に止まるはずがないと。


 せめて鎖を持って投げるか、もっと低い位置を狙って投げれば良かった……!


「ななな、なんだか先ほどから、羽みたいな物がヒラヒラ……!」


 激しくさぶられる視界の中に、時たま鳥の羽らしき物体がチラついてくる。

 まさか俺の前を飛んでいく岩が、軌道上にいる鳥たちを片っぱしから始末しているのでは。

 これではバードストライク、いや『ロース・ストライク』だな……!


「こここ、こんな時に何を考えてんだ俺は! 早く何とかしないと……!」


 俺はバンザイの体勢で全身を煽られながらも、必死に脳をフル回転させる。


「こここ、このまま飛んでいき、世界を1周してくれば、必然的に魔王城へ戻れるんじゃ……?」


 いやダメだ。そこまで飛べるはずがない、いつかは墜落する。

 仮に世界を周回できる程の遠投力があったとしても、本当に魔王城へ戻れるのか? それは世界が丸いという、前提条件がなければ実現しない。

 元いた地球は丸かったが、そもそも今いる異世界は本当に丸いのだろうか? 確証が持てない。平たい地図のような世界の可能性だって、ゼロではない。

 

 世界は丸いという当たり前の概念がいねんを、勝手に俺がこの世界に持ち込んだだけなのでは。実はこの世界には、はしっこが存在したり……!

 そうなれば、見知らぬ辺境の地へ飛んで行くだけになってしまう!


「って……今はそんなの、どうでもいい! 後でデュヴェルコードに聞けばいいじゃないか!

 この世界が丸だろうと四角だろうと、早く地表に降りなければ!」


 俺は迷走しかけた思考を、強制的に切り替える。

 そんな時、あるひとつの魔法が脳内によぎった。


「デストローガンがさずけてくれた、あの魔法なら……!」


 俺は乱れる気流にさからいながら、岩に向け片手をかざした。


「上手くいけよ、『アトラクション』!」


 俺は覚えたての引力魔法『アトラクション』を、勢いのおとろえない岩に向けて詠唱した。

 すると俺のかざした手の平に、魔法陣が出現し。


「よしっ、成功!」


 猛進していた岩が、空中でピタリと止まった。

 そしていまだに前へと飛んでいく俺の体が、目の前で動きのなくなった岩に一瞬で追いつく。


 俺は岩との激突をけるため引力魔法を解除し、咄嗟にバランスを取りながら、岩に結びつけてあるくさりにしがみついた。


 その途端。


「と、当然落ちるよな……!」


 勢いを失った岩は、地表に向けて垂直に落下を始めた。

 俺は鎖にしがみついたまま、真下に視線を向けてみる。


「ヤバい、最悪だ! 下に()()()が!」


 落下していく先にあったのは地面ではなく、見るからにきたなそうな池だった。

 そんな光景を目にし、俺は慌てて足首につながれた鎖を外す。


 そして落下の衝撃に備え、俺は岩の上へとよじ登り、離れないよう必死にしがみついた。

 もしも着水した際に、水面でダメージを受けるような事があれば、俺は致命傷を負うだろう。

 なぜなら俺には、お気の毒スキルと呼ばれる『プレンティ・オブ・ガッツ』があるからだ。

 こんな見知らぬ地で体力が残りわずかになれば、魔王城に戻る事が非常に難しくなる。


りにって()()()なんて。最悪だっ、ふざけんなっ……!」


 全身にグッと力を込め、愚痴ぐちを漏らしていた矢先に。


 ――バシャーーン!


 激しい水飛沫(しぶき)を上げ、岩は俺を乗せたまま池に着水した。


 着水して間もなく、俺は水中へ沈んでいく岩の表面を足で蹴り、水面方向へと素早く離れた。

 そのまま岩は、ニョロニョロと動く鎖を引き連れ、池の底へと沈んでいく。


 俺は何とか、ダメージを負わずに着水する事ができた。しかし、問題はまだ残っている。


 それは落ちた場所が、汚い池だったという事。本当に最悪だ……!


 俺は水面を目指し、手足でバタバタと我武がむ者羅しゃらに水をいていく。

 きっとはたから見れば、まるでおぼれた子犬のような、素人しろうと臭い泳ぎ方なのだろう。


 そう、落ちた場所が最悪なのは、水が汚いからではない。

 本当に最悪なのは……。


「ゴボッ! だ、誰がいないのがーっ!」



 ――俺が、泳げない事だ……!


 水面から顔を出すなり、俺は必死に叫び声を上げた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ