19話 飛石注意7
コジルドの考案した新技を試してみるため、必要なアイテムを作製していた俺たち。
しかし仕上げの工程で、俺が岩を粉々に破壊してしまい、アイテムは作り直しとなってしまった。
「リメイク……! 何とか、完成しましたな」
「そうだな、礼を言うぞデュヴェルコード。お前の唱えた魔法のお陰で、始めから作り直さずに済んだ」
俺は結晶のドームに身を包んだデュヴェルコードに、軽く笑いかけた。
「これくらい、お安いご用意です! ロース様の失敗をお尻拭いできるのは、やはり優秀な側近である、わたくしにしか務まりませんから! エッヘンです!」
デュヴェルコードは両手を腰に当て、得意げに鼻を高くした。
そう、俺の破壊した岩を球状に修復してくれたのは、優秀な側近のデュヴェルコードだ。
修復魔法『オブジェクトリペア』で、岩を砕ける前の球状に修復してもらい、始めからの作り直しを回避してもらった。
そこからは同じドジを踏まないよう、今度は岩玉に鎖をクロス型に結びつけ、モーニングスター風の武器を完成させた。
「そ、そうだな……。私も頼れる側近を持って、嬉しく思うぞ」
俺は得意げなデュヴェルコードに向け、心にもない大嘘をついた。
「いかがなさいましたか、ロース様? まるで心にもない大嘘をつかれたような、お顔つきですが」
当たり前だ……!
過去に困らされた事の方が、遥かに多いからな。
て言うか何でこの子はこんな時ばかり、心を読んだレベルの完璧な推察ができるんだよ。
いつもはトチ狂った推察で、いちいち俺をイラッとさせるくせに……!
「いや、そんな事はない。感謝しているぞ。岩を直してくれたデュヴェルコードにも、新技を閃いてくれたコジルドにも。
そして静かに見守ってくれている、レアコードにもな……」
俺はひっそりと佇むレアコードに、横目で視線を向ける。
レアコードが黙って見物していてくれて、本当に助かった。この中で1番トゲのある口を持っているからな、正直どんな皮肉を言われるかとヒヤヒヤしていた……。
「フフッ、どういたしまして、ロース様」
まるで心を見透かしているように、レアコードは不適な笑みを浮かべた。
「さてコジルドよ、準備は整ったぞ。あとはこの鎖を持ちながら、標的に向かって岩を放てばいいのか?」
「左様ですぞ! ですがその前に……」
コジルドは語尾を濁しながら俺に歩み寄り、俺の足元に身を屈ませた。
そして器用にサンシェードを自身の頭に載せ、空いた両手で俺の右足首に鎖を結び始める。
「コジルドよ、何をしている?」
「キーポイント……! このように鎖を足に結んでおけば、咄嗟の近接戦でも鎖を手放し、両手で応戦が可能になりますぞ!」
「た、確かに。一理はあるかもな」
俺は鎖の結ばれた右足首の感触を確かめるように、ジャラジャラと足を動かしてみる。
言われてみれば、利点があるように思えるが……何だろう、なんか嫌だな。
足首に錘のついた鎖って、まるで囚人みたいだ……!
「そして最後に、準備のフィナーレとなる工程がありますぞ」
「えっ……まだ何かあるのかよ」
「はい、ここが1番のキモと言っても、過言ではありませぬ。それはこの新技の、もしくは新武器への命名ですぞ」
「いや過言だろ。そんなの何でもいいし、思いついた時に呼べば良くないか?」
「何をおっしゃいますか。技名があるだけで、敵に特別な攻撃であると警戒心を植えつける事ができ、さらに自身のモチベ向上にも繋がりますぞ!
技名がなければ、敵に攻撃を食らわせても、『ただ岩を投げただけだ』と説明臭い捨て台詞しか言えませぬからな」
「それはそうだが……」
早く試してみたい俺は、岩とコジルドを交互に見つめる。
「ネーミング……! そこでですな。発案者の我が、上等で相応しき名前を考えておきましたぞ!
名づけて、『狂気の岩球』はいかがですかな?」
「いや却下だ。強力そうな反面、まるで『目がいっちゃってるヤツ』じゃないか」
「そうですかな? では少しテイストを変えて……『恐死の岩具』などは」
何だよ、その先生のおもちゃみたいな技名は。いろいろと危ないだろ……!
前から思っていたが、本当にコイツは残念なネーミングセンスを持っているな。
「それも却下だ、少し痛々しいからな。もうシンプルに、『魔王の鉄槌』とかでいいんじゃないか?」
俺が思いつきで技名を口にした途端、コジルドは少し目線を外し、呆れた様子で軽く笑顔を浮かべた。
「フッ……まぁロース様が、それで宜しいなら」
「おいっ、何を鼻で笑っているのだ。記念すべき最初の標的にしてやろうか?」
「いいい、いやっ失礼しましたな! 我にはどこが良いのか分かりませぬが、素晴らしい命名ですぞ、ロース様!」
怯えながらも、急に手の平を返してきたコジルド。
「見苦しい程のゴマすりだな。もうこの際、技名など後でいい。さっさと試してみるぞ」
俺はコジルドに構わず、鎖で繋いだ岩を両手で支え、頭の上まで力強く持ち上げた。
普通ならこんな大きな岩を持ち上げるなんて不可能だろうが、やはり魔王の体に備わった剛腕は凄まじい。
「さぁロース様、念願の始球式ですな! まずは肩慣らしに、適当なターゲットでも決めて……。
フハハッ! ちょうどロース様の寝室がある最上階付近に、小さなモリコウがパタパタと飛んでいますぞ。あのモリコウを狙いましょう!」
コジルドは最上階の近くで飛んでいるコウモリに指を差し、俺に狙うよう指示してきた。
「モリコウって、コウモリだろ。いちいち嫌味な呼び方をするヤツだな。
こんな晴れた日和に飛んでいる、コウモリもコウモリだが……」
「まったくですぞ。己の特性も分からぬ、可哀想なモリコウもいたものですな」
………………それは自虐か? お前だって似たようなヴァンパイアだろ……!
これ以上コジルドに絡むのも面倒なので、俺は何も言葉を返さず、黙ってコウモリに狙いを定めた。
「――いくぞっ、『魔王の鉄槌』……! おらぁーっ!」
俺は両手に気合いを込めて、全力で岩を放り投げた。
「良い感じだ、狙い通り!」
岩は真っ直ぐコウモリを目掛けて飛んでいき、地を這った鎖がジャラジャラと空中に引っ張られていく。
そして俺の狙い通り、岩は羽ばたくコウモリの小さな体を、見事に捉えた。
しかし、その直後。
――ジャラジャラジャラ、ガッ!
どこまでも飛んでいく岩に引っ張られた鎖の残量が、俺の足元で底をつき。
「えっ?」
余剰を失った鎖は、岩からピンと一直線に張られた。
「い、嫌な予感が……!」
そして岩と鎖で繋がっていた俺の右足が、引っ張られるように地面から浮き上がった……!