19話 飛石注意6
新技に必要なふたつのアイテムを、俺の代わりに魔法で調達してくれたデュヴェルコード。
「ロース様。ご要望通り、岩と鎖を準備致しました」
「すまないな、助かったぞ」
デュヴェルコードは結晶ドームの中から、俺に満足げな笑顔を向けてきた。
「さてコジルドよ、指定されたアイテムは揃った。この岩と鎖で、いったい何をすればいいのだ? まさかこの長い鎖で……」
「まさかこの長い鎖で、敵さんを岩に縛りつけるのですか?
そこからはロース様ご自慢の剛腕で、敵さんに四の五の言わせぬ拳打の応酬を与える訳ですね!」
俺の発言を遮り、新技の推測を語りながら、その場で可愛らしくシャドーボクシングを始めたデュヴェルコード。
しかしコジルドは……。
「やれやれ、呆れてしまうぞ。貴様は見た目に比例して、脳みそまでお子様のようであるな、側近小娘よ。
そんな悠長に、縛られるのを待ってくれる敵がいると思うか? まったく幼稚な知恵であるな」
少し俯きながら、コジルドは呆れた様子で顔を左右に振り始める。
どうしよう、俺も岩に縛りつける作戦かと思っていた。
デュヴェルコードが遮っていなければ、危うく俺も幼稚扱いされるところだった……!
俺は少しの羞恥心と気マズさを抱き、自分の心を誤魔化すように軽く空を見上げた。
「そんなに幼稚な作戦かしら? あたくしなら、工夫ひとつで実現できそうな気もするけど」
暫く俺の隣で、大人しく身を潜めていたレアコード。だが突然、人差し指を口角に当てながら、余裕の佇まいで話に割り込んできた。
「ミステイク……! 絶対的な美貌を持ち合わせた貴様が、それを申すか?」
「何よ、何が言いたいのよ?」
「貴様の場合は工夫などせずとも、対象が自ら進んで縛られに来る恐れがあろうに。
そうなれば、タダの色仕掛けの類いになるではないか」
「………………さすがコジったヴァンパイアね、もう発想が気色悪いのよ。どうしてそんな考えが、パッと浮かぶのかしら。まるで自分が抱く願望のように」
「や、喧しいわ! これはロース様の新技開発であるぞ!? なのに貴様の色気術を、引き合いに出すでない!
我は真剣にロース様へ、新技を提案しているのだ!」
「はいはい、分かったわよ。どうぞ続けなさい、このムッツリひとりボッチ」
面倒臭そうに、コジルドを鼻で遇らうレアコード。
コジルドのヤツ、真剣に考えてくれるのは嬉しいが、ならそのモジモジとした足の仕草は止めろよ。本当にムッツリにしか見えなくなるぞ……!
「いい加減にしないかお前たち。これでは話が進まないだろ」
「そ、そうでありますなロース様、失礼しました。では改めて、真の概要をお伝えしますぞ」
コジルドは気持ちを切り替えるように、サンシェードを構えたまま、岩の壁へと歩みを寄せ始める。
「我の閃きし新技、それは……!」
言葉を溜めながら、岩の表面にソッと片手を添えたコジルド。
「ロース様に、この岩を武器として操って欲しいのです。岩を使いやすい形にシェイピングし、そして鎖で繋ぎ、敵に向かって投擲を食らわせてやるのです!」
「なるほど……続けろ」
「はい。放った後も鎖を手繰り寄せれば、何度でもリロードが可能であり、繰り返し投擲を放てますぞ! まさに、しつこきリピーター!」
「しつこいは余計だが、なかなか使えるかも知れないな。要はモーニングスターのような武器って事か」
俺は顎に手を当てながら、頭の中で技のシミュレーションをしてみた。
慣れるまで多少は手こずるだろうが、案外使える新技かも知れない。
まともに魔法が使えない近距離専門の俺にとって、貴重な遠距離戦術になり得る。
そして何より、魔王の体に備わった剛腕と、硬く重たい岩石の相性。場合によっては、この組み合わせが大砲をも凌ぐ、超ヘビー級の飛び道具に豹変するかも知れないな……!
「よしっ、コジルドよ。お前の閃きに乗ってやる! 早速この岩を整形しようと思うが、どうやって形を変えるのだ?」
「フハハッ! ご冗談を、ロース様がご自身で砕いてシェイピングするの、一択ですぞ!
やはり身の丈に合った武具とは、自ら新調なさってこそ、馴染むと言うものですからな!」
「そこは原始的にするのかよ……! 先ほどまで、敵が悠長に待つわけがないと、偉そうに申していたのは誰だ。
私の図画工作が終わるまで、悠長に待ってくれる敵がいると思うか?」
「アドバンテージ……! そこは前以て準備するのです。それにいざとなっても、ロース様ならこんな岩如き、香ばしい焼き菓子のようにサクサクと、最少のタイムロスで砕けると思いますが」
極端だな。何だよ、そのウエハースみたいな例えは……!
ヴァンパイアに、お菓子の香ばしさが分かるのか?
「まぁ準備のタイミングは、後々考えるとして……。これを飛ばしやすい形に砕けばいいのだな」
俺は肩を回しながら、ゆっくりと岩に歩みを寄せる。
そして岩のやや右寄りに立ち止まり、大きく右腕を振り被った。
「おらっ……よっと!」
――ドゴォン……!
一撃で粉々にならないよう加減しながら、岩の右端に殴打を入れた。
すると岩は右端が砕け散り、バランスを崩しながら右に傾いていく。
俺は傾いていく岩の動きを利用し。
――ドゴォン、ドゴォン、ドゴォン……!
地面に向かって倒れてくる未整形の部分に、次々と殴打を入れながら、円を描くイメージで岩を砕いていく。
確かにこの剛腕にかかれば、岩であろうとウエハースみたいに砕けるな。
暫く殴り続けると、岩は丸みを帯びていき、直径5メートル程の岩玉が出来上がっていった。
「ふぅ……こんなものか? 粗方、球状に近づけたぞ」
俺は岩が転がらないよう片手で支えながら、待機中の3人に顔を向ける。
「さすがはロース様ですな、こうもアッサリとシェイピングなさるとは! 見事な手口でしたぞ!」
右手でサンシェードを構え、空いた左手で鎖を持ちながら、俺へと近づいて来たコジルド。
そこは見事な手際だろ、他人を凶悪犯みたいに言うな……!
「ここまで来れば、あとは鎖を接続するだけですな! 先ほどロース様が岩を砕いていた隙に、鎖の先端に細工を施しておきましたぞ!」
コジルドは鎖を手繰り、槍状に尖った先端部分を俺に差し出してきた。
「接続しやすいよう、魔法で鎖の先端を尖らせましたぞ! 投擲中に抜けたりせぬよう、しっかりと岩に差し込んでくだされ!」
「気が利くなコジルド。助かるよ」
俺はコジルドから鎖の先端を受け取り、右手でグッと握り締めた。
そのまま槍状の先端を構え、大きく振り被り。
「これで、完成っ!」
岩の表面を目掛け、勢いよく槍状の先端を差し込んだ。
しかし。
――パキッ、パキパキパキ……!
しっかり差し込もうと力み過ぎてしまい、一瞬で岩全体に亀裂が入り。
――バゴォンッ!
「……………………」
勢い余って突き出した俺の拳が当たってしまい、岩は粉々に砕けてしまった。
そんな思わぬトドメに、俺は何も言わずに体勢を直立に戻す。
「ディストピア……! ロース様にご報告が……失敗ですな。我の思い描いていた理想とは、似ても似つきませぬ」
「見れば分かるわ。絶句した張本人に、悲報を告げるな」
俺はコジルドに視線を向ける事なく、ジッと砕けた破片たちを見つめた。




