19話 飛石注意4
俺とレアコードの前を、ひとり先陣を切り歩いていくコジルド。
しかしコジルドが、教会エリアを出た瞬間。
「――『ホーリー・レイン』!」
「ぎぃやぁぁーーー! どうして我ばっかりー!」
視界を狂わされる程の眩しい光の豪雨が、コジルドの頭上に降り注いだ。
「こ、今度は何だ!」
目の前で光の豪雨を浴びたコジルドは、その場に膝から崩れ落ちる。
「あれは聖魔法ですわね」
「せ、聖魔法だと!? なんでそんな光が魔王城内で……!」
居ても立っても居られなくなった俺は、急いでコジルドの元へと駆け寄る。
考えたくはないが、まさか準備もしていないこんなタイミングで、勇者パーティが攻め込んで来たんじゃ……!
だがもしも敵が侵入して来ていれば、あの場違いな放送が城内に流れるはず。だとすると、何が起きたんだ……。
「おいコジルド、何があった!」
俺は落ち着きなく、固まったコジルドの肩を揺さぶる。
「こむ、こむ、こむ……小娘の仕業……」
「こ、小娘?」
覚束ない口調で伝えられた情報を聞き、俺は辺りを見回してみる。
すると前魔王の壊したオルガンの後ろに、黄色のオッドアイを光らせながら半身を覗かせた、デュヴェルコードが立っていた。
まるで廃棄寸前のオルガンを捨てさせまいと、最後の抵抗を見せる幼気な少女みたいだ……!
「デュヴェルコードよ、今のは何だ?」
「害虫が飛び出して来たので、聖なる光を降らせました。以前にもお伝えした通り、わたくしは魔族でありながら、聖魔法の才も長けておりますので」
それは知っているが、いくら何でも魔王城内で放つには、やり過ぎな魔法だろ……!
暫くすると、膝立ちで固まっていたコジルドが、蹌踉めきながらその場に立ち上がった。
「この、愚か者がぁ! 出会い頭に、いきなりホーリーをカマすヤツがあるか! 我を殺す気か!」
「だってだって! 性懲りもなく、パカみたいにまた厄災がフラフラと近づいて来たんですもの!
軽く始末でもつけようと、聖魔法を食らわせただけです、この筋金入りの煙たがられ個体!」
依然としてオルガンに半身を隠しながらも、コジルドに負けじと言い返すデュヴェルコード。
軽く始末をつけるって、始末は軽くつけるものではないだろ。ちゃんと始末をつけるより、タチが悪い所業だな……!
「どこが軽く始末であるか! 『チョチョイとお掃除』みたいに言いよって、雑魚なら天に召されていたぞ! この取り扱い注意っ娘が!」
「どうして厄災持ちとは、こんなにお口が減らないのですかね! ご自身が周りに取り扱って貰えない嫌われ者だからって、わたくしに腹いせですか!」
「口が減らぬのは、貴様の方であろうに! 口は災いを招くと知らぬのか? 何なら今この場で、我が直々にその摂理を教えてやる!
我の狂技、『死のフラット』を持ってしてな。貴様へ痛みという災いを齎してやるわ!」
「今わたくしのお口を、愚弄しましたね! わたくしのお口は災いを招くのですか、はいそうですかっ! ならばご希望通り、このお口で大災害でも齎して差し上げましょうか?
わたくしの詠唱ひとつで、城ごと消し飛ばせる威力の魔法が、ここら一帯に降りかかりますよ!」
言い合いの最中、デュヴェルコードの告知を最後に、突然コジルドは顔を引き攣らせた。
「………………待て小娘、それでは貴様の言う通り、ただの『大災害』ではないか。地形でも変える気であるか?」
「ふたり共、もうよさないか! 言い合いが行き過ぎて、いつの間にかお互いが自分の事を、災い扱いしているじゃないか」
これ以上言い合いがヒートアップしないよう、俺はふたりの仲裁に入る。
傍から見ていて、どちらが真の災いか分からなくなった……!
「そうよデュヴェル、少しは落ち着きなさい。それに安心して。もうこの害虫に、プラントパウダーは付着していないはずよ」
デュヴェルコードとコジルドが言い争っていた隙に、いつの間にかレアコードもこちらへ到着していた。
「えっ! 本当ですかレア姉!」
デュヴェルコードは勢いよくオルガンの隅から飛び出すなり、表情をパッと明るく輝かせた。
「このひとりボッチを吹っ飛ばした際に、パウダー共も吹き飛んだはずよ。依頼通り、駆除自体は完了したわ」
「そうですか、では念のためにボディチェックを……」
レアコードが依頼達成の報告をした途端、デュヴェルコードはコジルドの前まで歩みを寄せた。
そしてコジルドの胴体に鼻を近づけ、スンスンと臭いを嗅ぐようにパウダーの確認を始める。
「確かにプラントパウダーは感じられません。症状が出なくなりました。
レア姉、本当に助かりました! 厄払いも済んだ事ですし、これで安心です!」
「フフッ、どういたしまして」
感謝を述べるデュヴェルコードに、レアコードは優しく微笑みかけた。
「おい、小さき者よ。我には何もなしか?」
構ってほしさを必死に隠す様子で、デュヴェルコードに下目遣いを向けるコジルド。
「あ、コジルドさん、良かったですね。これで漸く、近づいても無害な魔族になれましたね。
まぁ災いが転じても、中身がアレなので、距離を縮めるつもりはありませんが」
「ドライ……! 何だ、その適当で他人事な物言いは。先ほどの不意打ち聖魔法と、数々の罵声はスルーであるか。
まったく、魔族ともあろう者が、魔王城内で聖魔法などぶっ放しよって」
「すいません! 謝りたくありません! わたくしの方が被害を被ったので!」
デュヴェルコードは頭を下げず、両手をグッと握り締め声を張り上げた。
謝りたくない割りに、第一声で思いっきり謝っていたが。謝らない事を謝ったのか……?
「フンッ、まぁ良かろう。これから忙しくなる故、貴様の愚行は水に流してやる。
感謝するのだな、小さき者よ、か弱き小動物よ」
コジルドは胸の前で両腕を組み、ゆっくりとデュヴェルコードに背を向けた。
「そう言えば……ロース様、レア姉。もうひとりの厄介者は、どこかへ消えたのですか?
乙女の秘密を覗こうとする、あの目の澄んだ潔いクズは」
「そのクズなら、ついでに駆除しておいたわよ。このひとりボッチを突風魔法で飛ばした際、近くにいたから巻き込んでやったわ。ほら、あそこに……」
レアコードは教会エリア内に向け、ツンツンと小さく指を差す。
そこには壊れた長椅子が山積みにされており、隙間からピクピクと微動するキヨラカの足が生えていた。
まるでアニメのような光景だな。本当に逆さに埋まったり、あんな痙攣が起きたりするんだな……。
「確かにキヨラカだ。ある意味、コジルドより酷い目に遭っているな」
「構いませんわよ。底辺レベルの覗き魔ですもの、あのまま放っておきましょう」
「せっかく蘇生させたのに……あのまま放置して助かるのか?」
「大丈夫ですわよ。もしもあのクズの崇める神が本物なら、見放さず助けるでしょうし。
フフッ、クズに崇められるような神が、親切な神かは分かりませんがね」
「お前……本当に絶妙だな、皮肉のチョイス」
俺は不適な笑みを浮かべるレアコードに、不審な目を向けた。
「ところでロース様。これから何処かへ向かわれるのですか?」
すっかり平然を取り戻した様子で、デュヴェルコードが俺に質問してきた。
「あぁ、正門前の広場だ。つい先ほど、コジルドが私の新技を思いついたらしい」
「そうですか、それは見ものですね。わたくしも同行して宜しいでしょうか?」
「着いて来るのは構わないが、外だぞ? まだプラントパウダーが飛散しているのでは……」
「フフンッ……そこはご心配なく、『クリスタルドーム』!」
得意げに魔法が唱えられた途端、デュヴェルコードの体が球状の結晶に包まれた。
「これで厄介なパウダー共は、わたくしに近寄れません!」
「そ、そうか、便利な障壁だな。では広場へ行くとしよう」
出発の号令と共に、俺たちは正門前の広場に向け、足並みを揃えて歩き出した。
あるひとりを除いて……。
「デュヴェルコードよ、そのまま向かう気か?」
「当然です!」
なぜかデュヴェルコードは魔法を解除せず、結晶の中に入ったまま、器用にドームを転がし歩いていた。
どう考えても、今は邪魔になるだろ。現地で使えよ……!
ピキピキ、パキパキと耳障りな音が聞こえる中、俺たちは広場へと向かっていった。