19話 飛石注意2
コジルドの胸ぐらを掴み、両目を紫色に光らせたレアコード。
「が、害虫駆除であると?」
「そうよ。あんたがデュヴェルに辛い思いをさせたそうじゃない。話は全部聞いたわ」
「この期に及んで、まだ我は虐げられるのか。今し方、恋心が破滅したばかりだと言うのに……」
「だから何? デュヴェルの都合を考えなかったくせに、害虫の都合なんて考慮してあげる訳ないでしょ。
害虫だけに、虫がいい考え方しているわね」
依然としてレアコードは笑みを浮かべているが、言っている事が怖い……。
何だか恐怖で鳥肌が立ってきた。
まさか本当に、コジルドを駆除とかしないよな?
コジルドは結構な頻度で、蘇生させられる羽目に陥っているからな、心配になってくる。
その内の1回は、俺が原因だが……。
「ねぇ、厄災ひとりボッチ、選択の余地だけ与えてあげる。
魔法と物理、どちらの攻撃で駆除されたい?」
レアコードは左手で掴んだ胸ぐらを徐々に持ち上げ、コジルドをつま先立ちにさせた。
「その選択肢、あるようで無いではないか……」
「答えになっていないわね。なら両方でいいかしら。殺虫魔法『インセクティサイド』」
魔法を詠唱するなり、レアコードの右手が白い煙のような物を放出し始めた。
どうやら自身の右手に、殺虫魔法を宿らせたようだ。
害虫呼ばわりしているだけで、コジルドに殺虫魔法は効かないんじゃ……。
「ス、ステイッ……! 貴様、何をするつもり……」
――パァンッ!
レアコードは聞く耳も持たず、問答無用で再びコジルドの頬にビンタを入れた。
しかし、1発では止まらず……。
――パァン、パァン、パァン、パァン、パァン……!
レアコードは胸ぐらを掴んだまま、殺虫魔法を宿した右手で、コジルドの両頬にリズミカルな往復ビンタを打ち始めた。
左右に規則的なリズムでビンタを入れるその手は、まるで恐怖心を植えつけるメトロノームのようだ……!
「痛い痛いっ! 殺虫効果は皆無だが、物理的に痛い!」
ビンタを受けながらも、わざわざ痛みの度合いを報告してくるコジルド。
「ロ、ロース様! 今こそ『度は道連れ世は情け』精神を、我に向けて欲しいですぞ!
我が受けるビンタの応酬を、一緒に受けてくださらぬか!?」
「………………お前、本当の意味で道連れにする気か? 無関係な私を」
それに俺が食らったら、『プレンティ・オブ・ガッツ』の効果で、1往復もすればあの世行きだろ……!
「な、ならせめて、我に支援魔法を! 治癒魔法を!」
「私が使えるわけないだろ……!」
絶え間なく、ビンタの応酬を繰り出し続けるレアコード。
しかし突然、往復させる手をピタリと止めた。
「ロース様に助けを求めるなんて、烏滸がましいマネするわね。追加の罰として、魔法のテイストでも変えようかしら。『ハイポイズン』」
今度は右手に毒魔法を宿し、レアコードは再び往復ビンタを始めた。
――パァン、パァン、パァン、パァン、パァン……!
「いいいっ、痛い痛い! わざわざ貴様の得意を宿すでない!
毒が頬を侵し始めた、ズキズキするぞ!」
「ただの味変よ、大袈裟ね。害虫に毒が混ざったところで、毒虫にジョブチェンジするだけで……しょっ」
レアコードは数往復のビンタを入れたところで、胸ぐらから手を離すと同時に、コジルドを力尽くで突き放した。
「フフッ、シメといこうかしら。『トゥレメンダス・ウィンド・ブースト』!」
レアコードは余裕のある佇まいの中、半身でコジルドに手の平を翳し、突風魔法を詠唱した。
「貴様っ、やり過ぎっ……!」
両頬が変な色に腫れ上がったコジルドなど、お構いなしに……。
――ビューーーッ!
レアコードの手の平に出現した魔法陣から、猛烈な突風が吹き荒れた。
至近距離で突風を食らったコジルドは、なす術がない様子で。
「お、覚えていろよ! レアコーードォーー!」
お決まりの捨て台詞を叫び、体を不規則に回転させながら、俺のいる祭壇に向かって飛ばされた。
「大丈夫かコジルド! このままだと壁に激突する、私の手を掴め!」
俺は突風に煽られないよう足に力を入れ、飛んでくるコジルドに手を差し伸べた。
しかしコジルドの体は、予想以上に荒々しく回転しており。
「ロォース様ぁーーーっ!」
コジルドは、俺の手を掴む事ができなかった……。
俺は頭上を通過していくコジルドに、まるでホームランを見送る外野手のような視線を送る。
途中、ジャンプしてコジルドのマントを掴み、何とか助けようとも考えた。だが下手にマントを傷つけ、また怒りの矛先を向けられては敵わないから、無理のない程度に手を差し伸べ続けた。
初めて会った時のように、槍で腹のど真ん中を貫かれるのは、もう御免だからな……!
そのままコジルドは、教会エリアの壁際まで飛ばされていき。
――ドォーーン!
体の正面から、派手に壁へと激突した。
「………………ディストピア。何で我が、こんな目に」
片腕を押さえながら、その場にゆっくりと立ち上がったコジルド。
そしてフラフラと蹌踉めきながら、俺へと近寄ってきた。
「コ、コジルド、大丈夫か……?」
「シャイニング……! ロース様、聞いてくだされ。今の衝突で、我の脳内に閃きが生じたのです」
コジルドは額からタラタラと血を流しながら、アピールする様子で側頭部に指を差す。
「こんなタイミングで、いったい何だ?」
「ロース様の次なるとっておきとなり得る、新技を閃いたのです! 我のインスピは最高潮ですぞ!」
「そ、そうか……不思議な頭だな、こんな時に……」
場にそぐわないコジルドの報告に、俺は顔が引き攣った。
どうなっているんだ、コイツの脳内は。急展開すぎるだろ……!
先ほど意中の相手にフラれて、その相手に害虫扱いをされて、挙句に叩きのめされたばかりだと言うのに。
何でそんな苦しいはずの心境で、俺の新技なんか閃くんだよ……!




