19話 飛石注意1
コジルドの告白に対し、予想外に食いつきを見せたレアコード。
「ねぇ。あたくしの事、どれくらい好きなのかしら?」
誰もが魅了されるような色気を漂わせ、レアコードはコジルドに不適な笑みを向ける。
「ど、どれくらい……であると?」
「そうよ。生半可な覚悟だったら、容赦しないわよ」
「そ、そうであるな……」
コジルドは意を決するように、肩を上げながら大きく深呼吸した。
「もどかしい秘め事など、この際なしだ。『オートエイム』に頼らずとも、貴様を堂々と刮目してやる。
レアコードよ、我の隣という名の特等席を、貴様にくれてやる!」
コジルドは拳をグッと握り締め、何時になく真剣な眼差しをレアコードに向けた。
そして……!
「――我は貴様に恋焦がれている。例え世界を敵に回そうと、貴様を守り抜くと誓おう。魔王城最強にして最恐の闇属性ランサー、コジルドの名に懸けてな。
我はそれ程に、貴様が『女子き』だ……!」
最後まで真剣な眼差しを貫き、レアコードに思いを伝えたコジルド。
最後の『女子き』が気になるが、コジルドのヤツ、少しカッコいいじゃないか……!
真剣味のある告白が終わるなり、レアコードはヒールの足音を立てながら、コジルドの前にゆっくりと歩みを寄せた。
先ほどの食いつきと言い、今の澄んだ表情と言い……。
これってもしかすると、コジルドに春のような展開が待っているのでは!
しかし。
――パァンッ!
教会エリアに響き渡った、頬を打つ快音。
レアコードは立ち止まるなり、ノーモーションでコジルドの右頬をビンタした。
それはそれは、周りを黙らせる見事なビンタだった。
「………………ホワイ。痛いではないか……」
右頬を手で覆いながら、唖然とするコジルド。
「痛いのは皮膚ではなく、あんた自身でしょ。何よ、今のふざけた誓いは」
「な、何か気に障ったか?」
コジルドは目を点にしたまま、軽く首を傾げた。
「分からないの? 『例え世界を敵に回そうと』って物言いよ」
レアコードは静かに怒気を漂わせながら、コジルドをキッと睨みつける。
俺も日本で聞いた事のある、普通にロマンティックな表現だと思ったが……。
然程おかしな点もなかったはずなのに、いったいレアコード的には何が気に食わなかったのだろうか?
「貴様、何故その言い回しがダメなのだ……?」
「呆れた知能ね。『例え世界を敵に回そうと』って、つまり世界を敵に回す女よ?
相当なド悪党でもない限り、人族も魔族も全てを敵になんて回せないわよ?」
レアコードは両目を紫色に光らせ、コジルドの顎下に2本の指を静かに添え、クイッと少しだけ持ち上げた。
指摘する点、そこかよ。今のは誰が聞いても、そんな捉え方はしないだろ……!
「ド、ド悪党って……我は、我は……」
「要するにあんたからすれば、あたくしは世界を敵に回すほどのド悪党に見えているのよね。ごめんなさいね、世界中から嫌われた存在で。
あんたもよくそんな極悪人に、恋心なんて抱いたわよね」
「………………な、何の話なのだ、これは」
顎を上げられたまま、呆然と呟くコジルド。
今だけは、この可哀想なヴァンパイアに同情してやれる。本当に何の話だよ……。
「むしろね、そんなド悪党を好きになるような男性魔族、あたくしが無理だから」
ついでに、こっ酷くフラれてる……!
レアコードはお断りを告げるなり、コジルドの顎下をなぞりながら、ゆっくりと指を離した。
どうするんだよ、この重たい空気……!
魔王として、ここは俺が気の利いたフォローでもするべきか?
俺は困り果てた末に、チラッとキヨラカに視線を送ってみた。
すると偶然にも、キヨラカと目が合い。
「また、啓示ですか? あの抜け殻同然のコジルドさんに……」
「啓示でなくてもいい、少し励ましてやれ」
俺は魂の抜けたコジルドに声をかけるよう、小声でキヨラカに指示を出した。
するとキヨラカはため息を吐きながら、トボトボとコジルドの方へ歩き出す。
「コジルドさん、聴きなさい。主はおっしゃっています。右の頬をビンタされたのなら、左の頬も差し出しなさい、と……」
呆然と立ち尽くすコジルドの背中を、片手で優しく摩り始めたキヨラカ。
この修道士、救いの手を伸ばさず見捨てやがった。それで励ましたつもりかよ……!
依然として重たい雰囲気が漂っていた、そんな最中に。
「ねぇ、コジったひとりボッチ。次はあたくしの要件を済ませていいかしら?」
レアコードは何事もなかったように、平然とコジルドに声をかけた。
「クルーエル……! たった今失恋した我に、冷酷であるな。もう好きにしてくれ……」
「そう、なら言わせて貰うわ」
レアコードは間髪入れず、コジルドの胸ぐらを左手でグッと掴んだ。
「あんた、デュヴェルに辛い思いをさせたわね。可愛い妹のために、あたくしが直々に害虫駆除をしに来てあげたわよ」
再び両目を紫色に光らせながら、レアコードは不適な笑みを浮かべた。




