18話 行列教会7
キヨラカの発言を遮るように、列の最後尾から叫声を上げたコジルド。
「先ほど列の後ろに見えたと思ったが、まさか本当に並んでいたとは……」
最後尾の騒がしいコジルドに呆れていると、コジルドはマントを靡かせながら、俺たちの方へと近づき始めた。
「フハハッ! どけ雑魚共、我に道を開けぬか! 最強にして最恐の闇属性ランサーのお通りだ!」
大きな態度で歩きながら、コジルドは叫声を教会エリア内に響かせた。
すると……。
「――怖い、嫌われ者のやる事が怖い……」
「――順番待ちを跳ね除ける、非常識っぷりが怖い……」
「――逆らったら暴力に訴えかけそうな魔族がやるから、余計に怖い……」
「――コジった病み属性が、最強の闇属性とか言ってる。痛くて怖い……」
「――顔が怖い……」
コジルドに次々と追い抜かれていくゴブリンたちが、下を向きながら各々に不満を呟く。
どんだけ周りから嫌われてんだ、この厨二ヴァンパイア……!
周りの陰口に構う事なく、コジルドは歩みを寄せ続けていた。
そんな最中に……。
「ロース様、ヤバいです。またあの厄災ひとりボッチが近づいて来ます」
俺の陰に隠れながら、デュヴェルコードは警戒態勢を取った。
「そう言えば、コジルドにはプラントパウダーが付着していたな」
「このままでは、またクシャミが再発してしまいます」
「そうだな……一旦、外へ避難しておくか?」
「そうします。ついでに、あの害虫を駆除できる、優秀な先生もお呼びしてきます」
デュヴェルコードは謎の人物を連れてくると言い残し、俺に背を向け出入り口の方へと歩き出す。
そして身廊の真ん中で、すれ違うコジルドを煙たがる様子で避けながら、足早に外へと出て行った。
害虫駆除の先生とは、いったい誰なんだ……?
先生と呼ばれる者の正体を考えている内に、コジルドが俺たちのいる祭壇まで辿り着いた。
「コジルドよ、なぜお前まで迷える子羊の列に並んでいるのだ。まさか先ほど、私とデュヴェルコードが呆れ返った末に、お前を無視したせいで心が傷ついたとか……」
「ベリトル……! 見くびられては困りますぞ、ロース様。この性格が災いし呆れられるなど、疾うに慣れっ子。そんな軟弱メンタルなど、持ち合わせてはおりませぬぞ!」
「………………慣れるなよ、直せよ。それに自分の性格を、災い認定するな。
私たちが原因でないなら、いったいどんな啓示を求めに来たのだ?」
「もっとシビアで、複雑な案件ですな……」
コジルドは語尾を弱めながら、下目遣いでキヨラカに視線を向ける。
「そうですか、複雑と……。ですが順番を守らないとは、些か感心しませんね、割り込みコジルドさん」
「フハハッ! 我の辞書に、『順番待ち』など存在せぬわ! 貴様の手に持つバイブルには、そんな回りくどいワードが載っているのか? この爽やかフェイス邪教徒よ!」
コジルドはキヨラカの手に持つ本に、ビシッと人差し指を差す。
そして毎度お馴染み、人差し指を瞬時に畳み込み、透かさず小指で本を指差した。
「これですか? これは聖書ではありません、ただの魔法書です。私が常に持ち歩くこの書物には、イタズラまほ……コホンッ。
従者への精神鍛錬用魔法が記されているのです」
キヨラカは言いかけた言葉を断ち切るように、あからさまな咳払いをした。
この変態修道士、今『イタズラ魔法』って言いかけただろ。
ただの迷惑行為の手引き本じゃないか……!
「何が魔法書だ、そんな生ぬるい魔法に興味などない! 貴様は黙って、我に啓示を寄越せばいいのだ!
適当なペテンでも吐かしてみろ。貴様の崇める神とやらの元へ、我が強制発送してやるからな!」
口から鋭い牙を剥き出し、キヨラカに脅しをかけるコジルド。
コイツもコイツで、迷惑な礼拝者だな。それが他人にものを頼む態度かよ……!
「黙っていては、啓示を授けようがないですが……。しかし脅迫者でも、はたまた常識知らずの無礼者でも、ひとりの苦悩を抱えた可哀想な子に代わりはありません。
一旦、可哀想な汝の悩みや罪を、聴く事にします。さぁ、汝の苦悩を打ち明けなさい、可哀想なヴァンパイア」
キヨラカは、どんな者でも手厚く迎え入れるような雰囲気を醸し出し、大きく両手を広げた。
こう何回も『可哀想な』と連呼されると、別の意味の可哀想に聞こえてくる。
コジルドだから余計に、苦悩ではなく痛々しくて可哀想に、と……。
「実はな……。我はある特定の者に、精神支配を受けている可能性がある」
「なんと、精神支配ですか?」
「そうだ。その者を前にした時、胸が騒がしく荒れ始めるのだ。我が我でないように。
なんと表現しようか、こう……胸が」
「わちゃわちゃ?」
「そんな胸騒ぎがあるか! 我は解れて絡まった毛糸か!」
「………………では、ドキドキですか?」
キヨラカが次なる候補を口にした途端、コジルドはハッと表情を変えた。
「それだっ……それだっ! フハハッ、なんだ貴様、意外と話の分かる修道士だな!」
上機嫌に笑い声を上げ、片腕をキヨラカの肩に回し始めたコジルド。
適当に擬音語を出し続けていれば、修道士でなくても当てられる気がする……!
「ちょっ、コジルドさん近いです。私は十字架のネックレスを装飾しています、汝を弱体化させてしまいますよ」
「フハハッ! 闘う訳でもあるまいし、構うものか!」
「わ、分かりましたから……顔が近いっ! それで、汝に精神支配を与えている者とは、誰ですか?」
キヨラカが質問した途端、笑顔を浮かべていたコジルドの顔が、グッと引き締まる。
そして内緒話をするように、コジルドは片手を自身の口角に添えた。
「コジルドさん。手を添える口角は、そっちじゃないですよ……!」
なぜかコジルドの片手は、キヨラカ側の口角に添えられていた。
内緒話をする相手に、壁を作ってどうする……!
「や、喧しいわ。聞こえたら同じであろうに。このまま精神支配者を明かすからな……!」
見慣れない奇妙な内緒話のスタイルを継続しながら、コジルドは再びゆっくりと口を開く。
「――我の胸をドキつかせる者とは……。最終エリアボスを務める、あの冷徹なダークエルフだ。3大グランドスラムという、異名持ちの」
「………………はぇっ、レアコード!?」
ただ側で見ていた俺だったが、予想もしていなかったコジルドのカミングアウトに、思わず驚きを露わにしてしまった。
この厨二ヴァンパイア、もしかして面食いか?
それとも、ただのドMなのか……?