18話 行列教会6
キヨラカの蘇生を渋っていた理由について、紫色のオッドアイを光らせ、強面で明かしたデュヴェルコード。
「お前の……スカートの中を覗き?」
「そうです!」
「そうですって……コイツ、修道士だろ?」
俄かには信じられず、俺はひと筋の汗を垂らしながらデュヴェルコードに聞き返す。
選りに選って、清貧を誓願したはずの者が、欲に負けて覗きって……!
「このポンコツ修道士は、ただの私欲に塗れた邪教徒です。ガードの固いわたくしでしたので、スカートの中に隠された乙女の秘密は、見られていないと思いますが」
「デュヴェルコードさん、主はおっしゃっています。戯言は控え、口を慎みなさいと」
ダラダラと滝のように汗を流しながら、引き攣った笑顔を浮かべるキヨラカ。
「そんなに汗を吹き出しておいて、何が戯言ですか。わたくしが窓の外を眺めていると、鏡面魔法『クリエイトミラー』で、辺りの床を鏡張りに変えたり。
スカートの中に虫が入ったと、嘘をついて来たり。徒ならぬ邪悪な気配を感じるから、神にスカートの中を晒し浄化してもらいなさいと、鼻の下を伸ばしながら呼びかけて来たり」
デュヴェルコードが次々と暴露していく度に、キヨラカから流れる汗は量を増していく。
「まだまだあります。わたくしが通路を歩けば、汚れてもいない床を雑巾掛けしながら、四つん這いで追いかけて来たり。ワンランク酷い時には、肘で雑巾掛けをしながら、両手の指で瞼をこれでもかとこじ開け、見開いた両目で追いかけて……」
「デュヴェルコードさん。そこまでです、安心しなさい。汝の穢れなき乙女の秘密に、私の視界は届きませんでしたよ。頑強なガードをお持ちですね」
俺とデュヴェルコードを交互に見つめながら、無理やり暴露を遮ったキヨラカ。
何が頑強なガードだ。修道士のくせに、そんな開き直り方があるか……!
「キヨラカ……お前、そんな事を……」
「ロース様、確信に迫るのは少しお待ちを。私にも言い分があります」
「この期に及んでか?」
俺が疑心の目を向けるなり、キヨラカは両手を胸の前で軽く握り締め、穏やかな表情を浮かべた。
「主はおっしゃっいました。どんな行いにも、そこに込められた意志次第で、善行にも悪行にもなりうる、と……」
「だとしても、お前の行為はどう足掻いたって悪行だろ。見苦しすぎるぞ……!」
「ロース様のおっしゃる通りですよ、キヨラカさん。堂々と『見せて欲しい』も言えないのですか、このむっつり邪教徒」
両腕を胸の前で組み、半目でキヨラカに睨みを利かせるデュヴェルコード。
それはちょっと違うんじゃ……。俺に賛同してきたが、俺は度胸の話なんてしていないぞ……!
デュヴェルコードの罵声を受けたキヨラカは、片手で拳を作り、口元に当て軽く咳払いをした。
「コホンッ。まぁ、見たさ故に犯した愚行ですが。必然的に偶然を装ったつもりでしたが、最早そんな言い訳は見苦しいですね。私の罪を告白します」
――ダメだ、コイツもダメなヤツだ……!
この世界に転生して以来、初めてまともなヤツに出会えたかと期待していたが。
たった今、難癖の持ち主と確定した。
偶然を装った割りに、覗き方が堂々としすぎだろ。
それに自分で、愚行と認めているし……!
「ロース様、ご覧の通りです。この邪教徒の正体を、ご理解いただけましたか?
要するに、優しく穏やかな仮面を被った、変態という事です」
「あ、あぁ……」
俺は期待外れの事実に肩を落とし、デュヴェルコードに弱々しく返事をした。
「素直に喜ばせて貰いますね、デュヴェルコードさん。汝から頂いた、『優しく穏やかな仮面』とは、至高の褒め言葉です」
「話聞いてましたか? 全く褒めていませんが。見て呉れを台無しにする、下衆魔と言っているのです」
「下衆魔とは、随分と無慈悲な言われようですね……。ですが今、汝に対する感謝の念に囚われ始めています。
私はこの穏やかフェイスと修道士の立場を利用すれば、人生イージーモードだと思い込んでいました。実際、沢山の迷える子羊が私の元へ啓示を求めに来たり、罪を告白しに足を運んでいます。中にはキュートなサキュバスや、ハーピィのおにゃの子たちも。
しかし欲を露わにしては、私の想い描く理想の通りにいきません、そんな道理を今、痛感しました。『神は全てを与えない』とは、こういう事なのですね、デュヴェルコードさん」
キヨラカは吹っ切れた様子で、一筋の涙を流しながら天井を見上げた。
何が『神は全てを与えない』だ。
どさくさ紛れに神のせいにしたが、実際は修道士のくせに清貧の誓願に背いた、コイツ自身が悪いだろ……!
「清々しいほど開き直るヤツだが、何故こんな不適合者が魔王城で修道士になれたんだよ。あと女の子を、『おにゃの子』とか呼ぶな」
「知りませんよ、だってロース様が連れてきた下衆魔ですもの。毎度お得意の、憶えていないパターンだと思いますが」
「………………すまん、それは二重の意味ですまん。その通りだ」
またやらかしの過去が掘り返されたぞ、前魔王……!
「御二方、聞いてください。私のような愚か者は、悪魔修道士失格ですね。まだまだ祈りと修行が足りませんでした。ロース様、この愚か者の私に、どうか救いの手を。生まれ変わる時間とチャンスを……」
キヨラカが俺に、何かを求めようとして来た、その時……。
「――フハハッ! そんな戯言を吐かすでない、エスカルゴみたいなクルクル角頭よ!
魔王城最強にして最恐の闇属性ランサーである我にも、さっさと啓示をよこさぬか!」
列の最後尾から、コジルドの声が響いてきた。
「本当に並んでいたのかよ、コジルド……」
アイツは闇属性と言うより、ただの心病み属性だろ……!