18話 行列教会4
デュヴェルコードの蘇生魔法により姿を現した、悪魔修道士のキヨラカ。
「ここは教会エリアですか……。私はいったい……神の御業でしょうか」
自身に何が起こったのか考える様子で、キヨラカは頭を抱えた。
神父風の正装を着こなし、頭に羊のような角を生やしたキヨラカ。
何やら片手に、分厚い本を持っているが……。修道士だから、あれは聖書だろうか?
「おかえりなさい、キヨラカさん。たった今わたくしの蘇生魔法で、あなたを復活させました」
「おぉ、汝はデュヴェルコードさん。それにロース様もご一緒のようで」
「復活ホヤホヤで、困惑や疑問も多々あると思いますが、先ずはわたくしのお話を聞いてください」
「はぁ、分かりました。私の崇拝する神に誓って、汝の言葉を聞きましょう」
キヨラカはデュヴェルコードに姿勢を向け、優しい微笑みを送った。
名前通りの清らかな心を持っているのか、それはそれは穏やかで柔らかい微笑み。
誰もが好感と信頼を寄せたくなる、そんな好印象が持てる優しく澄んだ表情だ。
そんな微笑みを浮かべるキヨラカに、なぜかデュヴェルコードは顎を上げ、冷たい視線を向けた。
「今から数点ほど、キヨラカさんの知らない情報をお伝えします。そこで、先に忠告しておきます。
わたくしに質問したら抹殺します。お伝えする内容を理解しなくても抹殺します。全てを手短に済ませるためです、ご理解を」
「「…………………………」」
デュヴェルコードによる物騒な警告に、俺とキヨラカは言葉もなく、只々唖然とした。
恐らくこの子は、同じ説明を繰り返すのが面倒になったのだろう。エリアボスを蘇生させる度に、これまでの経緯を説明してきたから……。
「キヨラカさんが不在の間に、ロース様は過去の記憶を失われました。以上です。
後はあなたの務めを果たしてください」
質問を禁止されてなす術がないのか、キヨラカはデュヴェルコードの話を聞くなり、口角をピクピクと引き攣らせた。
「し、主はおっしゃっています。『はい』以外の意を口にすると、私は再び天に召される……と。
はぁ、無理やり了解しました。蘇って早々、棺に入る羽目になるのは御免ですので」
キヨラカは我慢を隠すように、手に持つ本をプルプルと震えさせていた。
そんな様子を目の当たりにし、キヨラカに同情を寄せてしまった俺は……。
「キヨラカよ、まずは復活おめでとう。しかし早々に質問を制限されては、さすがに辛かろう……。本音はどうなのだ?」
キヨラカの隣に歩み寄り、コソコソッと本心を探ってみた。
「ロース様っ……清貧を誓願した私が言うのも、おかしな話ですが……。
本当は、凄く質問したいです。理解もできていません……」
「だろうな……。他の復活したエリアボスもいるから、後で聞いて回るといい」
「何ですか、おふたりでコソコソと! コジルドさんの時もそうでしたが、わたくしを除け者にして感じ悪いですよ! ロース様っ!」
他聞を憚る様子が気に食わなかったのか、俺へと怒声を飛ばしてきたデュヴェルコード。
「あっ、いや、何でも……」
「ロース様は私にひと言、『おかえり』と優しく声を掛けてくださっただけですよ。デュヴェルコードさん」
俺の動揺を遮り、キヨラカが横からフォローに入ってきた。
「うわっ……それはそれで、気持ち悪いです」
デュヴェルコードは1歩身を引き、まるで汚い物を見る目で、俺に視線を向けてきた。
気持ち悪がられて当然だ。耳元で小さく『おかえり』だなんて、誰得だよ……!
フォローしたつもりだろうが、もっとマシな嘘で躱せなかったのかよ、この羊頭……!
「それにしても、蘇生とは何だか不思議な感覚ですね。神の御業をこの身に受けた感覚……。デュヴェルコードさん、汝の妙々たる魔法の才に、感謝を申し上げます。
ところで……ゾロゾロと列をなした、あのゴブリンたちは何でしょう?」
キヨラカに視線で仄めかされ、俺とデュヴェルコードは同時に入り口へと顔を向けた。
そこには俺の壊した扉を通過し、こちらに向かって来るゴブリンたちの姿が。
ゴブリンたちは下を向きながらも列を崩さず、祭壇へと重たい足取りで、真っ直ぐ歩みを寄せて来ていた。
なぜか最後尾に、見覚えのあるヴァンパイアの姿も見える気がするが……。
とりあえず今は、触れないでおこう。
ノロノロと進んでくる行列を眺めていると。
「――キヨラカ様、どうか迷える子羊のオイラに、清きお導きを……」
先頭を歩いていたゴブリンが、俺たちの側まで辿り着くなり、キヨラカに啓示を求めてきた。
このゴブリン、自分で迷える子羊とか言ってる……!
「う、承りました、汝の悩みや罪を聴きましょう。
本当はそれどころではありませんが、むしろ私が救いを求めたい身ですが……」
ゴブリンの告白を引き受けるも、ボソボソと本音のような苦悩を呟くキヨラカ。
「感謝します、キヨラカ様。オイラの悩みを打ち明けます。
実はオイラ、魔王城の仕事に向いていないと感じ始めまして、ずっと教会エリア前で打ち明ける日を待ち続けておりました」
「それは、よく耐え抜きましたね」
ゴブリンを安心させるような穏やかな笑みを向け、優しい口調で労いの言葉を送るキヨラカ。
自分を待っていた相手に、なかなか他人事な言い方をするな、この修道士……!
「オイラは焼却炉に配属されていますが、正直なところ業務がキツくて。
大して体力もないオイラにとって、ゴミを運んだり、熱い焼却炉に近づいたり、燃えなかった物を炎の中から回収させられたりと……。手は傷だらけの火傷だらけ。骨身に染みる苦痛に、オイラの心はヒシヒシと折れ曲がってしまいそうなのです……」
祈るように重ねられた両手を震わせながら、自身の抱える悩みを打ち明けたゴブリン。
なぜか最後の方で、ゴブリンは俺とデュヴェルコードにチラッと視線を向けて来たが……。
遠回しに、過酷労働を訴えて来たのだろうか?
「汝の悩み、しかと聴き受けました。汝の手、それは技巧に溢れ職務を全うした、匠の手です。
傷は弱さの証でしょうか? 違います、尽力と奮励の証です」
「キ、キヨラカ様……!」
「その手に付いた傷を、誇るべき勲章と胸に刻み、これからも強く生きるのです。働き者である汝の手は、とても美しいですよ……!」
キヨラカは手に持つ本をグッと抱き締め、この上なく柔らかい笑顔をゴブリンに向ける。
何だかコイツの笑顔、光っていないか?
この悪魔修道士は、顔から何かを発光する演出ができるのだろうか?
俺にはキヨラカの笑顔が、光を放つライトのように眩しく見える。横で見ているだけの俺まで、心が洗われる気持ちになってきた……!
同時に、俺はキヨラカにある期待を抱いた。
――これは、思わぬ収穫かもしれない……!
誰からも憎まれないような、爽やかで優しい表情、そして人柄。
復活直後にも関わらず、デュヴェルコードの無茶振りに対し、大人な対応を取れるほどの、懐の広さ。
ここまでのキヨラカを見る限り、コイツは普通にいいヤツだ。
俺はこの世界に転生して、初めてまともなヤツに出会えたのかもしれない……!