17話 魔族増強11
モゾモゾと落ち着かない様子で、アレを要求して来たマッドドクトール。
「スクワット……だと?」
「ウヒッ、ヒヒヒ……! そうです、スクワットです」
アレの正体は、筋力トレーニングの一種である、スクワットだった。
マッドドクトールが焦らす口振りをして来たため、どんな要求をされるかヒヤッとしたが……。
「お前の前で、私に筋トレを披露しろと?」
「差し支えなければ是非、むしろ差し支えないでください。規則的で美しい筋肉の収縮を、ヒヒヒッ……。この腐った目に焼き付けたいのです! 目の保養にしたいのです!」
マッドドクトールは口元を長い袖で覆い隠し、輝きのない瞳を不気味に見開いた。
「ほ、保養になるかは分からないが、いいだろう」
俺は少し顔を綻ばせ、マッドドクトールへテンポ良く振り返る。
何だ、この心が踊る気持ちは。俺も満更でもないのか……?
この世界に来て、純粋に褒めてくれたヤツは、マッドドクトールが初めてかもしれない。
ここまで派手に褒められると、不思議とモチベーションが昂ってくる……!
俺は両手を後頭部に構えるなり、お尻を後ろへ突き出すイメージで、その場に体を沈ませ始めた。
「ウヒッ、ヒヒヒ……! 何て力強さ、パツパツになった下半身のお召し物が、ハチ切れそうですよ!」
「ハ、ハハッ。まぁな」
太ももが地面と平行になったところで、俺はマッドドクトールと目を合わせ、軽く笑い合った。
だが、そんな時……。
「いい加減にしてください、おふたり共! 何だか不快です、見ていて不快です!」
スクワットの1番キツいポジションで、突然デュヴェルコードが怒声を放ってきた。
「えっ……」
俺は驚きの余り、自分がスクワット中だという事も忘れ……。
スクワットの最下層で動きを止め、デュヴェルコードに顔を向けながら固まってしまった。
この体勢はまるで、部下とベンチに腰を掛けていた最中に、突風でカツラが煽られ、薄毛がバレてしまった時の中年上司みたいだ……!
思わず振り向き、時が止まった瞬間のようになってしまった。
「あれれ? どうしたの側近ちゃん。何で怒っちゃった?」
「怒ってなどいません!!」
揶揄う様子のマッドドクトールに、怒っていないと出せない程の声量で、否定し返したデュヴェルコード。
「いや……めちゃくちゃ怒鳴っているじゃないか。何か気に障る事でもしたか?」
俺はその場にスッと立ち上がり、デュヴェルコードを宥めようと声をかける。
「マッドドクトールさん。魔王に向かって、好き勝手な要求をしすぎです。
ロース様もロース様です。魔王ともあろう御方が、何をニタニタヘラヘラと従っているのですか。お顔の緩みが情けないです!」
デュヴェルコードは胸の前で両腕を組み、俺たちに強い口調で説教してきた。
「ウヒッ、まーさか、側近ちゃん。ウチにロース様を取られると思った?」
「はいっ!? 何が言いたいのですか!」
デュヴェルコードは途端に反応し、マッドドクトールに鋭い睨みを利かせる。
「ヒヒヒッ……ムキになっちゃって、嫉妬? これってジェラシー? ねぇ、ジェラ?
側近ちゃんがウチへの報酬をケチるから、ロース様に心のサプリを処方して貰っているだけだよ。羨ましくなった?」
「し、嫉妬とは何ですか!?」
「ヒヒヒッ、強がってもダメダメ。顔に『嫉妬中』って書いてあるよー。
それにぃー、側近ちゃんが許可した事だよね? 見ても減るもんじゃないから、満足いくまでご堪能していいって。遠慮なくお好きなようにって! なのに今更嫉妬かなー?」
長い袖の中で指を立て、クルクルと回しながら、おちょくる素振りを見せるマッドドクトール。
「ですからっ! 嫉妬とは何ですか!? 疑問形です!」
デュヴェルコードはイラ立ちを露わに、地面を力強く踏みつけた。
「………………えっ、そっち? まさか嫉妬という言葉の意味を知らないのか?」
「ヒヒヒッ、予想外、裏をかかれたよ。嫉妬とはヤキモチの事ですよー、ウブな側近ちゃん。
好きな人が他の人とイチャコラしてるー、取られそうヤダー、の感情だよ」
「そうですか、理解しました。つまりおふたりのイチャコラ紛いを前に、今わたくしが抱いている、この腹立たしい感情の事ですね」
鋭い目つきのまま、デュヴェルコードは冷静沈着に自身の嫉妬を認めた。
そこは怒りながらでも、素直に嫉妬認定するんだな……!
「ロース様、ご自慢のパカ筋肉を褒められて、そんなに嬉しいですか?」
「いやぁ……悪い気はしないと言うか。少なくとも『ゴブリンの顔面みたいな背中』などと、はやし立てられるよりかは高揚感が湧くと言うか……」
俺が思いを述べるなり、デュヴェルコードの眉尻がピクリと動いた。
「そうですか、そうですか! 言葉が下手クソで申し訳ありませんね! そんなに褒められて嬉しいのでしたら、わたくしだって褒めちぎって上げますよ! 褒め殺して差し上げますよ!」
「ちょ、落ち着っ……」
「わたくしはムキになれても、ムキムキにはなれません! ですからロース様は、いつもムキムキで凄いですね!
全身筋肉のついでに、脳みそまで筋肉ですもんね! さすが脳筋、素晴らしいですね!」
俺の制止を跳ね除け、早口で言葉を並べるデュヴェルコード。
こんなセカセカと言われても、褒め言葉に捉えられないんだが。て言うか最後の『さすが脳筋』だけは、ただの悪口だろ……!
「ウヒッ、ヒヒヒ。ウチもそれは気になっていました。本当に脳まで筋肉なら、是非とも頭を開いて拝見したいです!
医者の探究心として、そして筋肉フェチにとっての新しい扉を開くために!」
マッドドクトールは再び不気味な笑い声を出し、メスや俺の知らない医療具を、白衣の中から素早く取り出した。
「何だよ、そのドリルや万力みたいな器具は……!」
そんなマッドドクトールの行動を目にし、俺の体に悪寒が走った。
――まさかコイツ、その見慣れない凶器で、本当に俺の頭とか割らないよな……?
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