17話 魔族増強10
デュヴェルコードの片腕を治し終えたマッドドクトールは、なぜか治療報酬を無関係な俺に求めてきた。
「き、筋肉フェチ? 数えたい……?」
その報酬内容とは、魔王の肉体に備わった筋肉を拝み、更には筋肉の数を一緒に数えたいと言う、特殊な鑑賞プレイの要求であった。
「ウヒッ、ヒヒヒ……! そうですロース様。この世界で類を見ない程のパワーをお持ちのロース様に……いいえ、その筋肉に! ウチのバイタルが、高揚しているのです!」
マッドドクトールは恐ろしいほど目を見開き、俺に密着してきた。
この変質キメラ、死んだ魚のような目をしているのに、何でこんなキラキラと煌めかせているんだ。
矛盾を持ち合わせたこの目が怖い、荒い鼻息が怖い、この距離感が怖いっ……!
「なんだ、肉体鑑賞ですか。それでしたら構いません。見たところで減るもんでもありませんし、好きなだけご覧になるといいですよ。
わたくしの腕も問題なく治った訳ですし」
まるで他人事のように、隣で易々とゴーサインを出したデュヴェルコード。
このロリッ子……!
元はと言えば、お前が治療してもらったんだろ。少しは俺を庇え……!
「見ても減るもんではないが、その理屈をお前が語るな、デュヴェルコード!
私はただの付き添いだったはずなのに、ここで被害者に仕立てる気か!?」
「も、元を辿れば、ロース様がパカ力でわたくしの腕を脱臼させたのが原因ですよ!
たまにはご自身で、お尻拭いしてください!」
胸の前で両腕を組み、プイッとソッポを向いたデュヴェルコード。
たまにはって、この側近にそこまで尻拭いしてもらった覚えもないぞ……!
「こうなれば……マッドドクトールさん! この分からず屋さんのロース様を、満足いくまでご堪能してください!
鑑賞でも何でも、遠慮なくお好きなように!」
「お、おいバカお前! 側近のくせして、魔王を好餌にする気……」
「ウヒッ、ヒヒヒ! ご馳走様です!」
俺の反論を、ギラギラの目をしたマッドドクトールが遮ってきた。
俺が言うのも何だが、そこは『いただきます』だろ。俺が許可していないうちから、餌食確定みたいに叫ぶな……!
「わ、分かったから、これ以上顔を近づけて来るのは止めろ。少しだけなら、お前のフェチに付き合ってやる」
「ありがたき幸せ、眼福タイム!」
「それで、どこを見たいのだ?」
俺の質問に、マッドドクトールは1歩後ろへと下がり、長い袖先を腹部に向けてきた。
「ヒヒヒ……まずは、そのマウンテンタートルの甲羅並みにご立派な、ボッコボコのシックスパッドを」
「あ、あぁ腹筋か。嫌な例えだな……」
俺は渋々と、腹筋が露出する程度まで服を捲り上げる。
すると俺の腹部へ、マッドドクトールが凄まじい速さで顔を近づけて来た。
「す、すすすす素晴らしいマッスルボディ! 限られた腹部のスペースに、こんなにも高低差が!
山脈のように連なる腹直筋に、川の流れを連想させるような腹斜筋! これはまるで、腹部に描かれたオープンワールド!」
「そ、そんな大袈裟な……」
「それにココ! 筋肉たちに囲まれながらも、1番星のように輝くおヘソ! 深淵を覗くような……いやもっと神々しい……!
ヒヒヒッ、山脈の間から顔を覗かせた、初日の出のような神秘!」
まるで本物の光を見たように、両手で顔を隠しながらエビ反りになったマッドドクトール。
おヘソは筋肉に関係ないだろ……!
て言うか魔王の体って、哺乳類なのか? この体におヘソがあった事に、今ごろ気づかされた……!
「ロース様、もっと……もっと他の部位も拝ませてください! ウヒッ、例えば背中とか!」
「あ、あぁ」
俺は顔が引き攣りながらも、捲り上げた裾を更に上へと捲っていく。
こんなにグイグイ来られると、些か断り難いな……!
上半身に纏った魔王コスチュームの衣類を脱いだ俺は、側で見守るデュヴェルコードに衣類をソッと手渡した。
そしてソワソワと待ち構えるマッドドクトールに、力を込めた背中を向ける。
「ウヒッ。あぁ、鼻血もの……!」
「鼻血ものって、出すなよ?」
「ウヒッ、ヒヒヒ……! こんな広く厚みを兼ね備えた背中は、広い世界を探してもロース様だけ。いいえ、いっそ世界よりも広い背中! 筋肉を司っているボディ!」
「それはさすがに、大袈裟すぎるぞ」
「何をおっしゃいます! 背中に広がる僧帽筋に広背筋、そして大円筋に脊柱起立筋。
全ての筋肉たちが主役を勝ち取ろうとしている、まさにポテンシャルボディ! サイボーグのような細胞群!」
俺は背後にいるマッドドクトールをチラリと見ながら、少しだけ胸を張り直す。
何だろう、この感じ。本当にそこまで凄い肉体なのか、それともコイツが褒め上手なのか……!
「そこまで褒められると、何だか照れて来るなぁ」
「照れずとも、堂々と胸を張られるべきです。その方がより筋肉たちも引き立ちます!
ウヒッ……い、生き返って良かった。いやむしろ、今生まれた気分……!」
まるで感動に打ち震える様子で、体をリズミカルに揺らすマッドドクトール。
すると、暫く身を潜めていたデュヴェルコードが、俺を横切り背後へと回って来た。
「まったく大袈裟ですね、こんな事で盛り上がって。
わたくしに言わせれば、まるで『笑ったゴブリンの顔面』みたいな、ゴツゴツとした背中にしか見えませんよ」
俺の背中を見るなり、冷たい態度で嫌味な例えをしてきたデュヴェルコード。
「どんな例えだ。他人の背中を、ブサイクな入れ墨のように言いやがって」
「失礼致しました。わたくしもマッドドクトールさんのように、多彩な褒め言葉を贈ったつもりでしたが」
俺の背中に、冷ややかな視線を向けて来るデュヴェルコード。
「………………それにしては、棒読みだな」
「ウヒッ、ヒヒヒ。側近ちゃんには、筋肉の良さが分からないようだね。
それよりロース様、もっと過度でエグいお願いを聞いて頂けませんか? ウチは是非、ロース様のアレが見たいのです」
「アレとは……いったい何だ?」
ドキドキを隠し切れない様子のマッドドクトールに、俺は恐る恐る質問してみた。
「――ウヒッ、ヒヒヒ。ロース様の……スクワットが見たいのです」




