17話 魔族増強9
デュヴェルコードへの治療報酬を、なぜか俺に求めてきたマッドドクトール。
「何で……私なのだ? 無茶苦茶でひねくれた報酬を要求されそうで、怖いのだが」
「ヒヒヒッ、そんな警戒されなくても大丈夫です。でも……見返りの内容は、治療が完了してからのお楽しみです」
告知を終えるなり、デュヴェルコードへと体勢を向けたマッドドクトール。
俺に報酬を求める時点で、もはや見返りとは言わない気がするんだが……!
「では側近ちゃん。ヒヒヒッ、お待ちかね、痛いの痛いの飛んでいけー、の時間だよ。
痛いの痛いのフライアゲイーン!」
マッドドクトールは長い袖を振り、両手でパタパタと羽ばたくポーズをとった。
そこはフライアウェイだろ。アゲインだと、また痛みが戻って来るじゃないか……!
「幼稚な事を言っていないで、普通に治療してください」
デュヴェルコードはマッドドクトールに、脱臼した腕を向ける。
それに合わせ、脱力し切ったデュヴェルコードの片腕に、マッドドクトールはソッと両手を添えた。
そして。
「患者の苦痛を取り除くメス、入りメース。『メディカルトリートメント』」
マッドドクトールが魔法を詠唱すると、デュヴェルコードの腕が淡い光に包まれた。
すると、その途端……。
「だ、誰だ……? この医者は」
俺は目を疑った。
お世辞にもキレイとは言えなかったマッドドクトールの顔がパッと輝き、柔らかく優しい表情へと変貌した。
それはまるで、苦しむ病人へ心から癒しを与える、天使のような微笑み。
さっきまでの小汚いマッド要素は、いったいどこへ行った……!
「順調順調。そろそろだよ、側近ちゃん」
マッドドクトールが呟くと、淡い光は少しずつ薄れていった。
そして、光が完全に消失し……。
「ウヒッ、ヒヒヒ……! 身も心も癒えちゃう不思議なおまじない、終わりー。
側近ちゃん、腕を動かしてみて?」
「はい」
デュヴェルコードは痛みと感触を確かめるように、ゆっくりと肩を回す。
「問題ありません。よくやりました、ご苦労様です」
「ドライだなぁ。ウチを蘇生させてまで治したかった腕なのでしょ? 素直に笑顔を綻ばせて、感謝していいんだよ」
「冗談言わないでください。ただの職務でしょ」
「うぅ、側近ちゃん厳しい。可愛いらしい顔して、中身に可愛げがないね。ウヒッ、ヒヒヒ……いいよいいよ、ウチはロース様から報酬をいただくから」
マッドドクトールは体を揺らしながら、ヨチヨチと狭い歩幅で俺へと歩み寄ってきた。
何だこの、悪い事を楽しげに企んでるような、不気味な歩き方は……!
「マ、マッドドクトールよ。先に言っておくが、私はただの付き添いであって、無茶振りには応じないぞ」
「ウヒッ、ヒヒヒッ! 大丈夫です大丈夫です。警戒などされず、リラーックスしてください」
マッドドクトールは俺の前で立ち止まり、不気味な上目遣いで顔を近づけてきた。
「ウチが今望むのは、ヒヒヒッ……」
長い袖越しに、指で俺の胸元をスルスルとなぞり始めたマッドドクトール。
「なっ、ななな何だ……!」
その途端、俺の脳内が様々な類いの危険信号で満たされた。
まさかコイツ、この汚い形で俺に色仕掛けでもする気か……?
それとも、悍ましい奇行だったり……!
こういう変質タイプの危ない笑みが、1番怖い! 非常に困る!
「ウヒッ、ヒヒヒ……! ロース様、上着を脱いで頂きたいです。そしてそのお召し物の下に隠された、類い稀ない鬼プロポーションを、ウチの前に曝け出して欲しいのです! 拝ませて欲しいのです!」
「………………はぇっ? 脱げ? 鬼プロポーション? 何言ってんだお前」
拍子抜けした俺の質問にマッドドクトールは、なぞる指のスピードを速めてきた。
「――ウチは極度の筋肉フェチなのです! ロース様の肉体に備わった、美しく尊い筋肉たちを……間近で拝みたい! 何ならご一緒に、筋肉たちを数えてみましょう! ヒヒヒッ、ひとつ、ふたつ、3つと!」
一緒に筋肉を数えたいって、どんなフェチ持ってんだコイツ……!
俺はマッドドクトールから目を逸らす事ができないまま、ゴクリと固唾を飲んだ。




