17話 魔族増強8
自身をキメラクイーンと明かし、更に過去の医療ミスも暴露してきたマッドドクトール。
「自分への改造治療を失敗って、名医失格じゃないか。つまりその見た目は、医療ミスによる成れの果てって事か?」
「ヒヒヒッ、おっしゃる通り。キメラクイーンともあろう者が、改造しすぎて体ボロボロなど、笑えない失態……。
そこで考えたのです。『そうだ。ならいっその事、底辺まで朽ちてみるのも面白いなぁー』と。それでウチは、こんな穢らわしい姿となったのです」
マッドドクトールは再び体をリズミカルに動かし、俺に向け不適な笑みを浮かべてきた。
どんな思考回路だ。クイーンと言うより、ただの廃人だな……!
「はいはい、分かりましたマッドドクトールさん。悲劇のヒロインぶらなくても、あなたは十分に美しいので、早くわたくしの腕を治療してください」
「ウヒッ、何その棒読み。お世辞にも聞こえない」
「それは失礼しました、お世辞のつもりだったのですが。早く治療を受けたい一心で、必死に絞り出した最高の大嘘です。
ですので早く治療を。わたくしの脱臼した腕を治してもらうためだけに、マッドドクトールさんを蘇生させたのですから」
「えっ、そんな事で?」
――カシャカシャン……!
デュヴェルコードが蘇生理由を告げた途端、マッドドクトールは手に持つ全てのメスを床に落とした。
「どうした? 医者にとって商売道具であるメスを、易々と落としたりして。
普通の治癒魔法で治せない脱臼なら、名医の出番じゃないか」
「ウチレベルの名医を蘇生させた理由が、たかが脱臼の治療ひとつだなんて。ウヒッ、ヒヒヒ……。
そんなの赤子の手を捻るくらい、簡単すぎる治療なのに。ウチの扱われ方が…………名医の称号、軽くない? むしろ何で脱臼如き、自分で治せないの?」
指先よりも長い白衣の袖を、だらしなく顔の横でヒラヒラと揺らして見せるマッドドクトール。
「わたくしたち一般魔族からすれば、医療知識もないのに脱臼なんて治せませんよ、普通」
「何だか、色々としょぼ。魔族の知識も、ウチが蘇生された理由も、何かぬるいわー」
「ひねくれた事を言っていないで、早く治してください。『お客様は神様』ですよね」
「ウヒッ、ヒヒヒ、ひねくれは側近ちゃんの方。それは商売の心得であって、側近ちゃんはただの患者でしょ。だから客でもなければ、神でもない。
むしろ神的存在は、名医のウチでしょ。だってこれが仕事なのに、金銭なんて取ってないもーん」
ユラユラと体を揺らしながら、マッドドクトールはだらしなく舌を剥き出した。
「つまり、治療に相応しい見返りがお望みだと? 復活が報酬そのものです。
はいっ、前払いはとっくに完了しているのですから、早く治療を始めてください。実はヤブ医者だったと、魔王城内に言いふらしますよ」
「ウヒッ、ヒヒヒ……! 横暴に脅し、あぁ怖い怖い。そんなに文句ばかり並べるのなら、どうぞ他のお医者ちゃんを当たってくださーい。
バイバイさよならー、セカンドオピニオーン! セカオピー!」
今度はバカにする様子で、激しく袖を振り始めたマッドドクトール。
セカンドオピニオンって、普通は患者側から申し出るんじゃ……!
て言うかこの世界に、セカンドオピニオンの制度があったのか……?
言い合うふたりを見つめていると、デュヴェルコードが俺に振り向いてきた。
「ロース様、少し野暮用を済ませて宜しいでしょうか? 一旦このひねくれ医師を屠って、また蘇生させたいと思います。
わたくしへの治療を始めるまで、それを何度も繰り返します」
紫色のオッドアイを少しずつ光らせ、脱臼していない方の肩を回し始めたデュヴェルコード。
「………………それは止めてくれ、魔力の無駄遣いにしかならない」
「怖い怖いっ! 分かったよ分かりました、治せばいいんでしょ。でも、ヒヒヒッ、蘇生以外の報酬はもらうから、後払いで……!」
マッドドクトールは不気味な笑みを絶やさず、ゆっくりとこちらに歩みを寄せ始めた。
「蘇生が報酬と言っているのに、くどいですね。むしろ見返りにしては高すぎるくらいですよ」
「それは側近ちゃんの都合でしょ。ウチが望むのは……」
マッドドクトールは俺たちに歩みを寄せるなり、デュヴェルコードではなく俺の前に立ち止まった。
「ヒヒヒッ……側近ちゃんの治療が終わり次第、お伝えしますね……ロース様」
「はっ、私に?」
長い袖で口元を隠しながら、マッドドクトールは俺に向け怪しい目つきで笑いかけてきた。
――なぜ見返りを求める先が、俺なんだ?
魔王とは言え、この不気味な目つきに軽く恐怖を覚えるんだが……!




