17話 魔族増強4
「意思を持つって……。そのプラントパウダーとやらは、そんな傍迷惑な飛散物なのか?」
「傍迷惑なんて生ぬるいものではありません! 標的にされる立場からすれば、空気中の天敵っ……テ、テキチッ!」
ハンカチで口元を覆いながら、依然としてクシャミを連発させるデュヴェルコード。
「それで先ほど、あんなに焦って窓を閉めろと申していたのか」
「おっしゃる通りです」
「私はてっきり、勝手にドラゴンの亡骸を火葬した事を、隠そうとしたのかと思ったぞ。
そうとは知らず、すまなかった。辛そうだな、その紛らわしいクシャミ」
「端ない姿をお見せしてしまい、申し訳ありません。昔から、なぜかホームにいるのにっ……テ、テキチッ! とクシャミをしてしまうのです」
まるでデモンストレーション感覚で、デュヴェルコードはサラッと本物のクシャミを織り込んできた。
「しかし、本当にプラントパウダーとは、意思を持ってお前を狙っているのか?
にわかには信じ難いのだが」
「だってこんなに若くて、可愛いダークエルフなのですよ! 狙われて当然です! 絶対に狙われているに決まっています!
まったく、こんな図々しく腹立たしい自然の摂理なんて、誰が何の目的で産み出したのでしょうか!」
デュヴェルコードはイラ立ちを見せつけるように、地面に片足を打ち付けた。
何て勝手な理由だ、ただの大袈裟な被害妄想じゃないか。
だが、その理屈が誠なら……。
「本当に『可愛い』が狙われる仕組みだとしたら、お前の姉レアコードは、更に重症という事か?」
「何をおっしゃりたいのですか? つまり、わたくしがレア姉に、劣っていると?
そもそも、今レア姉は1ミリも関係ありませんよね」
俺が質問するなり、デュヴェルコードの辛そうな仕草とクシャミが、ピタリと止まった。
そんなデュヴェルコードの反応を目にし、俺は本当に余計な質問だったと悟る。
「………………忘れてくれ、愚問だったな」
俺は冷徹なデュヴェルコードの視線を受け、堪らず目を逸らす。
暫く沈黙の時が流れると、再びデュヴェルコードが。
「あぁーっ! 鼻が痒い、ムズい! ロース様の御前にも関わらず、取り乱すほど辛いっ!」
頭を抱え、発狂を始めた。
「せ、背中でも摩ろうか……?」
「そんな気休めに、効き目なんてありませんよ! わたくしは授乳後の乳児ですか!」
「す、すまん……」
俺は目の前で悶えるデュヴェルコードに、少しの罪悪感を覚えた。
ほんの少し窓を開けただけで、ここまでダメージを負うのか……!
「どうやら、草木が本気を出して来たようです! まったく、何なのですか! これは植物の反抗期? それとも発情期? わたくしの可愛いお鼻が、雌蕊にでも見えるのですか!? あぁーっ、鼻が受粉しちゃう!
場違い、いやハナ違いにも程があります! もぉ、甚だしい! わたくしは草木に、何か恨まれる事でもしました!?」
これまでに見た事もないほど、顔をクシャクシャにして訴えかけてくるデュヴェルコード。
鼻が受粉するって、表現が少し可愛いな……!
「ロース様っ、今です! たった今、いざという時が訪れました!
封印していた爆裂パンチで、この寝室に侵入してきたパウダー共を、一掃してください! わたくしのお鼻が、満開を迎える前にっ!」
デュヴェルコードは俺に『エクスプロージョン・ハンマー』を打つよう、片手でシャドーボクシングを繰り出しながらアピールしてくる。
「待て待てっ、いざが早速すぎるわ! つい先ほど私の身を案じて、封印しろと言ってきたくせに。いざが軽すぎるだろ!」
「そんな事ありません! 優秀な魔王の側近が、こんなに苦しんでいるのですよ。緊急事態に他なりません!
今こそ配下をお救いください、右腕を失ってでも!」
ダメだ、やはりこの子が優しさを見せてきたら、陸なオチを迎えられない……!
「こんな所で爆裂パンチなんて打ち込んだら、私もお前も巻き込まれるだろ!
他の手段を取るぞ、まずはこの寝室から脱出する!」
俺はデュヴェルコードの小さな手を取り、寝室の出入り口を目指し走り出した。




