17話 魔族増強3
寝室の窓を開けるなり、俺は驚きの光景を目にした。
「亡骸が、消えた……!」
昨日まで広場で倒れていた、デストローガンの亡骸。
しかし一夜明けると、窮屈だったはずの広場は、もぬけの殻になっていた。
「たった一晩で、なぜ……あんな巨体が」
俺は風通しの良くなった広場の光景を見つめ、頭の中で心当たりを探ってみる。
まさか、デュヴェルコードが窓を開けるなと叫んできた理由って……!
「デュヴェルコードよ、ドラゴンはどこだ?」
俺はゆっくりと振り返り、デュヴェルコードに質問してみた。
「チリも残さず燃やしました! でっかくて邪魔になりますし、窮屈だったので!」
俺の問いに、勢いよく早口で即答してきたデュヴェルコード。
「邪魔とは何だ、薄情な物言いだな! 最期くらい気持ちを込めて葬ってやろうと思わないのか!?」
「それはロース様専用のお友達だから、そんな感情が芽生えるのでしょ!
それより、早く窓をお閉めください! バレたらどうするのですか!」
「バレたらって……もう勝手に燃やした事なんて、バレバレだろ! て言うかたった今、お前が全て暴露したではないか!」
「バレてマズいのは、亡骸の事ではありません!」
「はっ……じゃあ何の事だ」
デュヴェルコードの予期せぬ否定に、俺は一瞬だけ言葉に詰まる。
「わたくしには、もっと重大な騒動が控えているので、未然に『グラトニーフレイム』でドラゴンを焼き払ったのです!
邪魔であろうと、悲しいお別れであろうと、どうせ火葬するおつもりでしたのでしょ? 遅かれ早かれです!
それより、本当にそれよりっ! お願いですので、早く窓をお閉めください!」
「わ、分かったから落ち着け」
何に焦っているのかは謎だが、デュヴェルコードの力強い催促に、俺は素早く窓を閉めた。
「なんだ、何がバレたらマズいのだ。窓の外に誰かいるのか?」
「もうっ……遅いようです。既にっ……この寝室内にっ……!」
「何だって! どこ、どこだっ!? 誰だ!?」
俺は居ても立っても居られず、慌てて寝室中をキョロキョロと見回す。
「………………誰もいないぞ」
「わたくしにはっ……分かります。もう既にっ……もう側までっ……」
「もう既にって……! 誰も入って来なかっただろ。私は窓の前にいたし、そもそもこの寝室は魔王城の最上階だぞ? こんな一瞬で、誰がどうやって入って来れるのだ」
「ロース様にっ……認知は難しいっ……でしょうねっ……」
「ところで、なぜお前はそんなに涙目なんだ? それに発声もぎこちないし」
俺はウルウルの瞳で言葉を詰まらせるデュヴェルコードに、違和感を覚えた。
「それはっ……それはっ……! テ、テ、テッ……!」
デュヴェルコードは声を上擦らせ、両手で口を覆った。
そして。
――テキチッ……!
「今のは、クシャミか?」
「それ以外、どのような行為に見えたのですか。紛れもなく、クシャミですよ」
目を血走らせ、小さく鼻を啜ったデュヴェルコード。
「すまない、クシャミに気を取られて、聞きそびれてしまった。話を戻すが、侵入者はいったい何者だ?」
「その侵入してきたパウダー共に、クシャミを触発させられているのです。今でもっ……テ、テ、テキチッ!」
再び口元を両手で覆いながら、可愛らしくクシャミをしたデュヴェルコード。
窓を開けた途端にクシャミ、それに侵入してきたパウダーって、この症状はまさか……!
「デュヴェルコードよ、それは花粉症か?」
「花粉症……とは聞いた事がありませんが、言葉のニュアンス的にそうだと思います。わたくしはプラントシンドロームという病持ちでして……。
あぁーっ! 鼻が痒い、ムズいです!」
うっすらと涙を浮かべながら、指で鼻を掻き始めたデュヴェルコード。
「それは……辛そうな病だな……。先ほどバレたらマズいと申していたが、その厄介なパウダーはお前を狙って飛散して来たと言うのか?」
「当然です。だってプラントパウダー共は、意思を持って飛散していますので」
デュヴェルコードはハンカチを取り出し、鼻や目をゴシゴシと拭いていく。
意思を持つって。この世界の花粉は、そんな傍迷惑な特徴を持っているのか?
それにしても……。
「テキチッ、テキチッ! ここは味方陣地なのに、テキチッ!」
――紛れもなくクシャミと言う割りに、非常に紛らわしいクシャミだな……!




