16話 友力受諾8
「お前の血肉を、私が食うだと?」
『そうです。ロース様こそ、余を食らうのに相応しき御方だと、心より強く思いました』
デュヴェルコードも言っていた。
近年、ドラゴンは食用として狩猟される事が多く、数が減っていると。
デストローガン本人からの願いも考慮し、本当に食用として利用価値がある気がしてきた。
だが……!
「お前は、そんなに美味いのか? お前も含めて、ドラゴンの血肉というものは」
『ハハハッ……。さすがに共食いなどした事がないゆえ、余にはお答えする事ができません。
美味しく食ろうて頂けるに越した事はありませんが、そう言った意図で食して欲しいのではありません』
穏やかに訂正され、俺は少しドキッとした。
「で、では何のために」
『――ロース様に、新たな力を授けたいのです』
デストローガンは依然として目を閉じたまま、薄っすらと笑みを浮かべた。
「新たな……力だと?」
『はい。なぜ近年、ドラゴンが食用として狩猟され、生き残りが少なくなっているのか……。
それはドラゴンの血肉を食らうと、その者に力を与えるからです。勿論、1体につき1度限定の授与ですが。
きっと命を奪われた多くのドラゴンが、望まぬ餌食となった事でしょう』
俺はゆっくりと語るデストローガンの話に、ゴクリと固唾を飲んだ。
更にデストローガンは、表情を変える事なく穏やかに話を続ける。
『力を求める強欲な輩の餌食……強く気高き種族でありながら、狙われる定めを抱えた種族、ですが余は違います。
心からロース様が相応しいと思い、そしてロース様なら力を大切に正しく使ってくださると感じたのです。余は新たな力として、ロース様の中で生き続けたい……』
願いを語り続けるデストローガンを前に、俺は胸が熱くなってきた。
何だか、非常に重く深い真実を聞いた。
そして、凄く感動的で心に染みる良い話だ。
なのに俺は、先ほど何て場違いな質問を……!
「………………その、先に私の失言を詫びさせてくれ。そんな事情も知らずに、私は軽率な質問をしてしまった。すまない」
こんな情に厚いドラゴンに向かって、先ほど俺は『お前、美味いのか?』なんて聞いてしまった……!
俺は何て愚かな質問をしてしまったのだ。これほど情に満ちた決意を前に、真っ先に味の事なんか気にして。今更だが、恥ずかしくなってきた……!
『余の方こそ、意図も伝えず食らって欲しいなどと懇願してしまい、失礼致しました。
どうか余の意思を汲んで、食ろうてください』
「分かった、しかしだな……! さすがに生きたままのお前に、ガブリと齧り付くのは少々抵抗があるのだが。まるで踊り食いじゃないか」
それに加え、まさかこの巨体を完食しろとか言い出さないよな?
物理的に考えても、俺の胃袋に全部は入らないぞ……!
『踊り食い……? この期に及んで、初めて聞く単語です。余に踊り合うほどの生命力は、もはや残されておりませんが……。何か派手目なイメージが感じられる単語ですな。
ご心配には及びません、食される量はほんの少しでも良いのです』
先ほどまで微笑んでいたデストローガンの口元が、途端に穏やかさを失った。
「少しで良いのだな、それなら私も異論はない」
『しかしロース様。何卒、痛くないようにお願いします。できれば痛感が少ない部位で、どこかの先っちょとかで』
「おいっ、妙な表現をするな。逆に食い辛くなるだろ……。その耳の先とかでいいか?」
『耳は止めてください。余は耳が敏感で弱いのです。尻尾の先とかでお願いしたいのですが』
何でこのドラゴン、土壇場で淫ら化してんだよ……!
さっきまでの感動的な話はどこへ行った。
それに……!
「お前、私の中で『新たな力として生き続けたい』とか言っていたよな? 今お前の尻尾、猛毒漬けになっているじゃないか。
そんな部位なんて食したら、お前が生き続ける入れ物の私まで、イチコロだろ!」
俺はデストローガンの尻尾を指差し、強い口調で言い返す。
『そうですか……仕方ありません。では髭の先っちょで結構です』
「………………何で頼み事をされたはずの私が、お前に折れて貰ったみたいになってんだよ。ここへ来て人格が変わっていないか?」
俺はブツブツと不満を漏らしながら、デストローガンの長い髭を鷲掴みにし。
――ガプッ……。
髭の先端部を、少しだけ前歯で齧り飲み込んだ。すると……。
「来たっ、あの感覚。本当に新しい力が……!」
転生トクテン『オブテイン・キー』の使用時と同じく、目に見える変化はないが、体が感じている。
漲ってくる、新しい力の感覚を。
『感謝します、ロース様。余のワガママを受け入れてくださり……』
髭に齧り付いた俺に、ぐったりと小さな声でお礼を告げてきたデストローガン。
「大切に、そして正しく使わせて貰う。ありがとう、デストローガン」
――この瞬間、俺に新たな魔法の力が宿った。